blog言葉と心を育てる★難聴学園★2006
ニュース配信より:北海道高等聾学校
2006-03-30 22:33:49
勇気くれた「なせば成る」 同じ難聴中日・石井投手からのメッセージ
長尾君が道高等聾学校普通科へ 【写真】 2006/03/30 14:23
【旭川】「これからも『なせば成る』をモットーに、勉強もスポーツも頑張りたい」。先日行われた旭川聾(ろう)学校(荒木広式(ひろのり)校長)の卒業式で、長尾晟和(あきかず)君(15)は力強く宣言した。同じ難聴のプロ野球・中日ドラゴンズの石井裕也投手(24)との出会いを励みに、道高等聾学校(小樽)普通科に合格。4月から新生活のスタートを切る。
長尾君は網走管内遠軽町出身。小学二年の時、遠軽でプロ野球イースタンの巨人−横浜戦を見て、野球に夢中になった。生まれつきの難聴で、旭川聾学校には幼稚部から入学し、小学四年から寄宿舎生活を続けた。テレビ中継は欠かさず、朝一番に新聞の運動面を開いた。小学六年の時は一年間、野球少年団にも入った。
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北海道新聞
ニュース配信より:センバツ高校野球
2006-03-29 20:28:47
難聴の障害乗り越え 初のベンチ入り
神港学園・正谷外野手
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2006/03/28
二十八日、十一年ぶりのセンバツ準々決勝進出をかけ、神港学園(神戸市中央区)が2回戦に登場した。背番号「14」の正谷和也外野手(17)=同市西区岩岡町=は、難聴の障害がありながらベンチ入りを果たし、大声で仲間をサポートする。大会前には中学時代の恩師ががんで入院した。支え続けてくれた両親に、仲間に、そして恩師のために。「自分にできる精いっぱいのことをする」と誓う。
小学五年で野球を始めた正谷選手は、岩岡中一年のときに難聴と診断された。野球を続けるか迷ったが、野球部の山内拓也監督(41)に「辞めることはない。お前ならできる」と背中を押された。
中学三年間はエースで四番。父の洋一さん(49)が自宅の庭にネットを作り、毎晩バッティング練習を手伝ってくれた。
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神戸新聞ニュース
憧れの人
2006-03-28 23:58:11
毎日の出勤前30分間ぐらいに、会社の駐車場に車を停めて、「可能性に挑んだ聴覚障害者」(みみより会編集)の本を読み続けていましたが、内容は中途失聴者が書いた文章ばかりで、なかには文芸作家になれそうな名文や難解な文章もありました。
生まれつきのろう者としては、先に紹介した陶芸作家の三ツ井詠一さん唯ひとりですごいと思いましたが、その経歴に強い関心を持ちました。経歴でわかったことは、石川県立盲唖学校に4歳で入学したが病弱で休みがちだったこと、父親の転勤で大阪府立聾口話学校に変わったが、戦火が激しくなったので、1年半ほどで金沢へ疎開したこと、昭和20年の終戦後は、父の転勤で福井県敦賀へ行ったが、そこにろう学校がなかった。間もなく近所の子供たちと仲良くなって、同じ小学校に入って中学校・高校へ進学した。
そして、金沢美術工芸大学の受験に合格して入学を果たしたが、大学の先生が三ツ井さんの感性と才能を高く評価し、特に英語はズバ抜けて一・二を争う出来ばえだったと驚いていたことでした。
当時は、ろうの学生が大学に進学することは珍しいことでしたが、普通の学校にインテグレートして、たったひとりでガムシャラに頑張るよりも、ひとりでも理解ある級友に支えられて頑張るほうが、才能を伸ばすためによかったのではないかと思われます。
私が三ツ井さんに初めてお会いしたのは、ろう学校の中学部にいたころで、運動会にやってきて、ろうの成人仲間と口話つきの手話で話しているのを見て「頭がよくて、カッコいい先輩」と驚いたときでした。当時は難聴の発明王エジソンを憧れにしていましたが、身近なところに憧れる人がいるとうれしく思ったものでした。
電話のナンバーディスプレイ
2006-03-27 23:12:50
携帯電話の普及で固定電話をやめてしまった家庭もあるようですが、ろう者家庭のほとんどはFAXのために固定電話を置いています。FAXの着信は、光で知らせるフラッシュベルがあれば便利ですが、別料金(毎月100円)がかかるので、ベルを付けないで着信の紙が出てくるのを待つ家庭が多いようです。
わが家も以前はフラッシュベルを付けていましたが、別料金がもったいないので、新しいFAXを購入したときにベルをやめました。FAXに無線式の子電話が付いているので、部屋のどこでも目の前に置いておけば、着信したときに赤いランプが点滅します。
ところが、ときどき着信がしっこいくらい何度もあるのに、FAXが出てこない場合もあります。こんなときは親戚のだれかが電話したのかなと心配になってきます。聞こえる家族がいれば、受話器を持って「もしもし」と相手を確かめることが出来ますが、その家族がいないときはどうにもなりません。
それで思い出したのが「ナンバーディスプレイ」という電話サービスで、最近新しく買い替えたFAXに対応出来るということで、さっそく申し込みました。局内の工事が終わると連絡があって、FAXの設定で利用出来るようにしました。
これで、着信があったら相手の番号がFAXのディスプレイ(画面)に表示されますが、番号だけではわかりません。FAXの電話帳に手前と番号を登録しておけば、名前が表示されて、わかりやすくなります。これでひと安心ですが、携帯電話は標準で付いているのに、別料金(毎月400円)がかかるので、めったにグチをいわない私も「ちょっと高過ぎるな」とグチりたくなります。
ナンバーディスプレイ
歴史に残る聴覚障害者
2006-03-24 23:54:56
元筑波大学附属ろう学校教諭で、ろう者の伊藤政雄先生が著した「歴史の中のろうあ者」の本に、江戸時代から明治時代にかけて活躍した聴覚障害の偉人が紹介されています。
・堤等琳(江戸時代の絵師)
・谷三山(幕末の儒者で私塾を開設、吉田松陰に会う)
・宇都宮黙霖(真宗の僧侶で吉田松陰と書簡往信)
・青木木米(京焼で識字陶工として陶芸界の最高峰)
・杉山杉風(俳人で松尾芭蕉の弟子)
本では「ろうあ者」といっていますが、実際は言葉を獲得したあとで聴力を失った「中途失聴者」であって、手話もなければ「ろう集団・ろう文化」もありません。彼らがその分野において傑出した働きを見せたのは、聞こえる人と同じ学問と視点(ものの見方)を持っていたからです。
中途失聴者は、いちど「聞こえる世界」を経験していますから、耳が聞こえなくなっても、ものの見方・考え方は聞こえる人とほとんど変わりません。ですから、聞こえる人と文化的に通じますから、高い評価を受けられるわけです。
私の地元・石川県で、九谷焼作家の三ツ井詠一さんが有名ですが、作品が高く評価されているのは、文化的に通じるものがあるからです。三ツ井さんが偉いところは、ろう者の意識を持たないで、あくまで陶芸作家の視点で作品の製作に取り組んでいることです。
大橋弘枝さんのダンスミュージカル
2006-03-22 23:22:32
「寒の戻り」で風邪が長引いて、ちょっと文章を書く元気をなくしています。
さて、19日の日本テレビ「バンキシャ!」で、たまたま大橋弘枝さんの【サインミュージカル「Call Me Hero!」ドキュメンタリー】を見ました。オーディションから本番までまとめた内容でしたが、オーディションで集めた聴覚障害のダンサーたちが練習するとき、聴覚のハンディがあるために、ダンスのリズムがなかなか合わないで、本当にやれるのかと不安を感じさせました。
聞こえる人の場合は、音楽のリズムと体のリズムがピッタリ合いますが、聴覚障害で音楽のリズムと体のリズムを合わせるためには、手で合図をおくるなどの工夫をしなければなりません。
それから、聞こえるメンバーと打ち合わせ・会議のときに、大橋さんは口話でしゃべり、手話通訳をつけていますが、会議に追いつけない場面もありました。いよいよ本番の日になると、会場に大勢の観客が列をつくって集まってきました。
本番のダンスは見事、大成功でした。大勢の聴覚障害ダンサーがそろってダンスするシーンは圧巻そのものでした。演技する大橋さんの姿はまぶしく輝いていました。特に母親から口話の特訓を受ける幼年時代のシーンは、観る人の胸を打って、そっと涙を拭く人もいました。
このダンスミュージカルの反響は、下のリンクからBBS(掲示板)でご覧下さい。
大橋弘枝WEBサイト
ニュース配信より:聴覚障害のソフト投手
2006-03-21 21:25:58
ハンディ乗り越え全国大会へ
県選抜に聴覚障害のソフト投手
聴覚障害を持ちながらソフトボールのピッチャーとしてプレーする大紀町永会の中学一年生、小倉怜さん(13)が二十六日から、静岡県富士宮市で始まる都道府県対抗全日本中学生ソフトボール大会に、三重選抜チームの一員として出場する。通学する県立聾(ろう)学校にソフトボール部がないなど障害以外のハンディも周囲の支えで乗り越えた。 (吉田 幸雄)
小倉さんは、土日の週末、度会町の度会中学校で、同中のソフトボール部員と一緒に練習をし、聾学校では、陸上部に所属しながら暇を見て大学ソフトボール部出身の先生にピッチングを教えてもらう毎日だ。
小学三年生からソフトをしてきた小倉さんは、昨年春にプレーを断念するはずだった。活躍してきた中川スポーツ少年団を卒業した後は、地元の中学校にも聾学校にもソフトボールチームがなかったからだ。
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中日新聞
ニュース配信より:都城ろう学校
2006-03-20 23:04:34
都城ろう学校 高等部7人が巣立つ
宇戸田さん、筑波技術大へ=宮崎
都城ろう学校(青山尚友校長、47人)の卒業式が15日、都城市都原町の同校で開かれた。卒業生は、幼稚部3人、小学部1人、中学部4人、高等部7人の計15人。高等部の産業工芸科は今年度までで閉じられるため、最後の卒業生3人を送り出した。高等部普通科の宇戸田千晴さん(18)は茨城県の筑波技術大に推薦で合格しており、県内のろう学校から初めて国立大に進学する。
高等部の卒業生は、手話を交えながら、「陸上大会であきらめない心がついた」「何度も辞退しようと思った弁論大会だったが、挑戦し、自分の可能性を知ることができた」と一人ひとりが3年間を振り返り、「つらくなったときには、仲間のことを思い出し、前を向いて頑張っていきます」と決意を述べた。5人が就職、2人が進学する予定という。
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YOMIURI ONLINE(読売新聞)
ニュース配信より:卒業論文
2006-03-18 23:58:59
障害学生支援の現状と課題まとめる
京大生が卒業論文で
聴覚障害のある京都大文学部の学生が、大学における障害学生への支援活動の現状と課題を、自らの体験も踏まえて卒業論文にまとめた。京大に足りないことを卒業前に「提案書」として大学に提出、「障害学生への支援が前に進むきっかけに」と期待している。
卒業論文「聴覚障害学生のエンパワーメント−京都大学における情報保障活動の経験から」を書いたのは社会学専攻の崎山由香里さん。
要約筆記や手話通訳、設備整備やボランティア募集など、聴覚障害学生への情報保障の取り組みについて、卒業生や現役学生に聞き取り調査した。他大学にもアンケート調査し、日本の大学の課題をまとめた。さらに欧米での実践を例に、障害者自らが力をつけていく「エンパワーメント」の大切さを強調した。
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京都新聞
ニュース配信より:岡崎女子短大の小松さん
2006-03-17 22:26:49
聴覚障害なんの『楽しい2年間』
岡崎女子短大の小松さん、あす卒業式
聴覚障害でほとんど聞こえない岡崎女子短大(岡崎市中町)の小松由季さん(20)が十八日、晴れて卒業式を迎える。友達や教員らのサポートでハンディを乗り越えた学校生活を「すっごく楽しかった」と笑顔いっぱい。四月からあこがれの自動車関連会社で社会人生活をスタートさせる。 (四方 さつき)
自動車関連会社に勤める両親の影響で、車が大好きな小松さん。岡崎聾(ろう)学校高等部時代、自動車関連会社で経理の仕事に就きたいとの思いを募らせ、自己推薦入試で受かった同短大経営実務科で経営学を学んできた。
小松さんのコミュニケーションの手段は手話と口の動きで言葉を読み取る口話。入学後に出会った同級生たちが「手話を教えて」と話しかけ、講義で先生が話すことが分からない時はノートに書いて教えてくれた。
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中日新聞
ニュース配信より:高岡ろう学校
2006-03-16 22:58:03
県高岡ろう学校と 心と心の“協奏曲”
福岡高吹奏楽部
福岡高の吹奏楽部員ら約七十人は十五日、高岡市西藤平蔵の県高岡ろう学校で訪問演奏会を開き、同校の幼稚部から高校部までの生徒や保護者ら約五十人に演奏やダンスなどを披露して交流を深めた。
同高吹奏楽部が五年前から毎年開いている恒例行事。ボランティア委員が手話を交えて司会を務めるなど、耳の不自由な児童らも楽しめるよう福岡高生徒たちが、今年も工夫を凝らした。
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中日新聞
東京都教育委員会の報告書
2006-03-14 20:46:10
中央ろう学校(仮称)基本計画検討委員会報告書
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2 聴覚障害教育をめぐる諸条件の変化
1 都立ろう学校の現状と課題
(1)在籍者の減少とその課題
都立ろう学校の在籍者は、昭和34年度の1521人をピークに以後減少を続け、「東京都聴覚障害教育推進構想」が出された平成11年度には625人、さらに、平成16年度には591人となり、幼稚部から高等部専攻科を設置している立川ろう学校と葛飾ろう学校*を除き、他6校の小規模化はますます顕著になっている。その結果、以下のような深刻な課題が生じている。
* 葛飾ろう学校は、「東京都聴覚障害教育推進構想」に基づき、足立ろう学校と綾瀬ろう学校を閉校し、平成14年4月に開校した学校である。
ア 学習意欲や学力の停滞をまねいている・各学年単学級が多く、中学部まで学級集団が固定化しているため、児童・生徒同士が切磋琢磨(せっさたくま)する機会が不足し、学習意欲が停滞している。・隣接する学年の人数が少ない場合、複式学級を編制するため、同一の学級に複数の学年の児童・生徒が在籍することになる。その結果、同学年の内容による学習活動の活性化が難しい状況にある。・学級に在籍する児童・生徒の学習の到達度等に大きな差がある場合が多いため、マンツーマンの個別指導や少人数でのグループ指導が増えている。その結果、児童・生徒が互いに意見を交換し、問題解決するなどの学習の機会が減少している。
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第1章 中高一貫型ろう学校の設置
中日スポーツより:石井投手
2006-03-13 22:48:15
獲っちゃうぞ開幕ローテ
石井、12イニング自責0
開幕ローテーション入りへ大きく前進した。難聴の障害を持つ中日の2年目左腕、石井裕也投手(24)が11日、オープン戦、楽天戦(ナゴヤドーム)で5イニングを2安打無失点、5奪三振の快投を見せた。オープン戦3試合で通算12イニングを投げ、自責点ゼロを継続中。結果を出し続ける2年目の左腕が、先発ローテの座をグッとたぐり寄せた。
◆完ぺき5イニング5K
剛速球はない。スピードガン表示は130キロ台。そんな石井の速球が、楽天のバッターを圧倒する。「ストレートの球速は、あまり速くない感じでしたけど、キレがありました」。石井は胸を張った。5イニングで奪った三振は5。切れ味鋭い投球でゼロを並べた。
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中日スポーツ
ニュース配信より:石井投手が猛アピール
2006-03-12 21:42:42
開幕ローテ入りへ猛アピール!中日・石井5回2安打無失点
(オープン戦、中日1−0楽天、11日、ナゴヤドーム)5番目の椅子がはっきりと見えた。開幕ローテ入りを狙うサイレントK・石井が5回を2安打無失点=写真。これで3試合12回で自責点0(1失点)、防御率0.00で首脳陣に猛アピールだ。
「まだまだですけど結果は出せた。できれば開幕ローテに入りたい」
激ヤセしていた1年目とは別人だ。左耳が聞こえず右耳は先天性感音性難聴というハンディを背負って入団した昨年の開幕は出遅れた。不安な日々から食事がノドを通らなかった。だが、2年目は環境にも慣れた。この日はシンカーを武器にピンチも脱出。マウンドでも会見でも堂々と振る舞う背番号30がいた。
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SANSPO.COM−野球
ニュース配信より:石井投手がオープン戦
2006-03-11 21:24:35
中日・石井 楽天戦がローテ入りへの最終テスト
楽天戦で最終テストを行う石井
◆ 森コーチが明言 ◆
先発枠を一気に奪取だ。あす11日の楽天戦(ナゴヤ)に先発濃厚な“サイレントK”こと2年目の左腕、石井裕也投手(24)に、森繁和バッテリーチーフコーチ(51)は9日、ナゴヤ球場での練習後、「良ければ(先発で)使うよ」とローテ入りへの“最終テスト”であることを明言した。
4日のオリックス戦(スカイマーク)では、清原を2打席凡退に封じるなど、4回を1安打無失点に抑える好投を見せた。今季チーム内でオープン戦に2試合以上先発した投手はおらず、登板すれば石井が初となる。それだけ首脳陣の評価、期待が高い証拠だ。
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スポニチアネックスOSAKA まるごと名古屋
★試合の結果は、中日が1−0で楽天に勝ち、石井投手は5回を投げて18打者・81球・被安打2・三振5・四球2の成績でしたが、残念ながら勝利投手になれませんでした。
ニュース配信より:高等教育支援ネットワーク
2006-03-10 22:05:36
【日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNetJapan)
ウェブサイトおよびメーリングリスト開設のご案内】
この度、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(以下、PEPNetJapan)で
は、高等教育機関における聴覚障害学生支援に関する情報交換のためのウェブサ
イトおよびメーリングリストを開設致しました。
当サイトにはPEPNetJapanの設立経緯やこれまでの活動報告のほか、アメリカ視
察報告書や 昨年10月に行われた第1回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウ
ムの当日資料などもアップしており、どなたでも閲覧可能です。
また、メーリングリストについても参加登録をしていただければ、どなたでも参
加可能で、高等教育支援にまつわるさまざまな情報を交換することができます。
今後も聴覚障害学生支援に関わる様々な情報をアップしていく予定ですので、奮っ
てアクセスしていただき、一人でも多くの方々にご登録をいただきますようお願
いいたします。
ウェブサイトのアドレスは、以下の通りです。
http://www.pepnetj.com
メーリングリストへの参加方法は上記サイト内に記載されておりますのでご参照
下さい。
白澤 麻弓 (しらさわまゆみ)
筑波技術大学
障害者高等教育研究支援センター
Email:shirasawa@a.tsukubatech.ac.jp
※10月1日から新しく四年制大学になりました
Mayumi Shirasawa, Ph.D.
National University Corporation
Tsukuba University of Technology
Email:shirasawa@a.tsukubatech.ac.jp
劣等感と優越感
2006-03-09 23:25:30
人間は誰でも学歴・容姿・身長・財産・運動などに、ある程度の「劣等感(コンプレックス)」を持っているものですが、障害者は障害(ハンディ)を持っているためにさらに劣等感が強まる傾向があるようです。
障害の子どもを持つ親御さんもまた、周囲から「大変、かわいそう」と同情されるたびに、いいようのない劣等感に悩まされるかもしれません。
かくいう私も他人にいえないような劣等感の数々を持っています。しかし、劣等感をバネにして死に物狂いで努力して、社会で成功した人々の歴史を読むたびに「元気・勇気」がわいてきます。
「劣等感」を打ち消すために、いちばん効果的なことは「優越感」を持つことです。他人に負けない「自分だけの得意技・価値創造」があれば優越感が得られます。劣等感が気にならなくなって、人生が楽しいものになります。
そして「自分だけの得意技・価値創造」が、周囲の役に立って、喜ばれて感謝されて「社会貢献」となって、高い評価を受けるようになると、ますます充実した人生になります。
何を目的に生きればいいのかわからない人、愚痴ばかり言う人は、たいてい自分のことしか考えていないのであって、何をしても虚しい人生になります。
ニュース配信より:難聴のピアノコンサート
2006-03-08 23:23:48
聴覚障害の宮本さん 海の星高でピアノコンサートと講演会
生まれつき耳が不自由ながら、ピアノの演奏や英語の通訳などで活躍している宮本まどかさん=東京都=のピアノコンサートと講演会が七日、母校の浜松市蜆塚の浜松海の星高校で開かれた。けん盤を響かせる一方で「継続は力なり。夢をあきらめないで」と後輩たちにエールを送った。
宮本(旧姓山下)さんは一九六六年に浜松聾(ろう)学校に入学したが、「普通の学校に通いたい」との思いを募らせ、六九年に同市船越小学校に編入。七九年に高校を卒業し、東京の大学に進学して英語も学んだ。
この間、初めて認められたと思ったのは小学校五年生の時だった。学芸会で歌う曲の伴奏を任され「クラスのみんながすごいなあと言ってくれました。生きてていいんだ、と思えたんです」。
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中日新聞
★宮本まどかさんは、トライアングルの前身「母と子の教室」(金山千代子先生)で言葉の指導を受け、NHK教育テレビ「聴力障害者の時間」のキャスターとして何度か登場していたことがあります。
ニュース配信より:重度聴覚障害の女子生徒
2006-03-07 21:19:04
重度聴覚障害の女子生徒
地域の支えで卒業式
重度の聴覚障害を持つ名古屋市南区の荒川万記子さん(15)が七日、南区の大江中学校で卒業の日を迎えた。地域のボランティアたちに授業内容を要約筆記してもらって勉学に励み、ハンディを乗り越えた。荒川さんは「将来は障害者のカウンセラーになって恩返しをしたい」と決意を新たにしていた。
荒川さんの聴覚障害は三歳の時に始まった。進行性難聴で、母親の清美さん(47)によると、現在は「滑走路間近でジェット機のエンジン音がかろうじて聞こえる」程度の聴覚しかない。
小学校では担任教師一人の口の動かし方を覚えれば授業を理解できたが、中学では科目ごとに教師が変わり、内容も高度に。周囲からはろう学校への進学を勧められた。
しかし、やはり聴覚障害者の清美さんが「地域社会で育ってほしい」と希望。各授業で荒川さんに付き添い、やりとりを筆記するボランティアを探したところ、地元の要約筆記サークルや保護者から約二十人が集まり、三年間交代で荒川さんを手伝った。
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中日新聞
ニュース配信より:女子校卒業
2006-03-05 23:01:55
周囲の優しさ感謝を胸に/作野さん卒業
2006年03月04日
∞ 重度難聴の作野さん 松江市立女子校きょう卒業 ∞
耳がまったく聞こえない松江市西尾町の作野彩(さくのあや)さん(18)が4日、同市立女子高を卒業する。ろう学校ではなく、小学校から地元の学校へ通い続けた。県教委は重度難聴で、ろう学校以外の学校で通した例は県内でまれという。授業で先生の唇を読み取り、周囲の助けも受けた彩さんは「たくさんの人の、さりげないやさしさに支えてもらった」と、満足と感謝の気持ちで巣立ちの日を迎えた。(上原賢子)
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マイタウン島根
ニュース配信より:中等度難聴
2006-03-04 21:31:52
中等度難聴の現状知って
―親の会発足 19日に交流会―
「聞こえるでしょ?」進まぬ理解
ある程度聞こえるが故に、明確な受け皿もなく、障害に対する理解が進みにくい「中等度難聴」。少しは聞こえるけれど、完全には聞き取れない…。それがもとで、言語発達や学習の遅れ、対人関係上のトラブルを招いたりもする。教育現場ですら、この障害への認識は薄い。―一向に改善されぬ状況に、中等度難聴児を持つ親たちが立ち上がった。19日(日)に集いの場を設け、県内で初めての「親の会」を山口市で発足させる。
難聴は、その人がやっと聞きとれる最も小さな音・聴力レベルによっていくつかの段階に分けられる。健聴者で0〜30dB、小さな話し声やささやき声が聞き取りにくい「軽度難聴」で30〜50dB、1対1の会話は聞き取れるが、大勢の中での会話は難しい「中等度難聴」が50〜70dB、大声なら何とか聞こえる「高度難聴」は70〜90dBと、数字が大きくなるほど聴力が弱い。ちなみに、普通の会話の声の大きさは50〜70dB。さまざまな福祉サービスや施策が受けられる身体障害者福祉法の対象者は、聴力レベル70dB以上の高度難聴から。
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サンデー山口
「耳の日」のいわれ
2006-03-03 23:01:06
「耳の日」が制定されたのは、昭和29年(1954年)3月3日です。
耳鼻科学会が音頭を取り、厚生省(当時)のバックアップで制定されました。
一般の人々が耳に関心を持ち、耳の病気のことだけではなく、健康な耳を持っていることへの感謝、耳を大切にするために良い音楽を聴かせて耳を楽しませてあげるために、あるいは、耳の不自由な人々に対する社会的な関心を盛り上げるために制定されました。
また、この日は、三重苦のヘレン・ケラーにサリバン女史が指導を始めた日であり、電話の発明者グラハム・ベルの誕生日でもあります。3月3日で「ミミ」という語呂合わせと言う説もあります。
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きこえとことばの発達情報室
職場の4ヶ月
2006-03-02 23:59:19
初出勤以来、4ヶ月の試用期間を無事通過して、仕事の範囲が広がって、ますます忙しく、やりがいのある毎日を送っています。
以前、印刷工場に勤めていたときは印刷や製本の機械などで騒音がひどいので、補聴器はほとんど使えませんでしたが、上司から必要な話があったときは締め切った部屋の中で聞くようにしていました。
今の職場はオフィスで、機械の騒音がない静かな環境ですが、完全に静かというわけでなく、他人がザワザワと話し合う・ハッハッと笑う・モシモシと電話する・○○サーンと呼ぶ・チーンと鼻をかむ・パタパタと歩く・コンコンとスタンプを押す・ガラガラと台車を押す・ゴーとコピーするなどのさまざまな雑音が補聴器で聞こえてきます。
私の名前が呼ばれると聞こえますが、補聴器は片耳につけているので、どこから聞こえてくるのか方向がわかりません。それで、名前を呼ばれるたびに周囲をチョロチョロ見回して、相手を探します。
職場の同僚たちに「補聴器がひとつだから、方向がわからない」と話してあるので、私の名前を呼んでいる相手を指さして教えてくれます。
職場では、立って歩き回る仕事と、デスクにすわってパソコンを操作する仕事がそれぞれ半々ぐらいですが、適度の運動とストレスの効果があったのか、4ヶ月で体重が5キロ減りました。
ニュース配信より:難聴の高校生卒業式
2006-03-01 23:13:16
難聴の高校生・福田さん卒業式
2006年02月20日
▽授業や部活動「毎日が幸せ」
よき友、よき先生、よき両親に恵まれて毎日が幸せでした――。名古屋市中村区の同朋高校で18日、卒業式があり、難聴の障害を乗り越えて普通科で学んできた同市千種区の福田由唯さん(18)が恩師や友人への感謝の気持ちを言葉と手話で伝えた。
福田さんは、会話はほとんど聞き取れず、唇の動きで言葉を理解している。小中学校では難聴学級に通いながら学んだ。
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マイタウン愛知