最近のテレビニュースで放送されていたように、太陽系で<いちばん遠い惑星>として知られていた「冥王星」が、国際天文学連合の決定によって<惑星>でなくなりました。
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8月14日からチェコのプラハで開催されていた国際天文学連合(IAU)総会は24日、太陽系の惑星について、以下のように決定しました。これは海王星・冥王星より遠い小天体が最近多数発見されていることなどにより、これまでの太陽系像を改定する科学的必要が生じたもので、2年近い討議と特別委員会での検討、今回の総会での熱心な科学的討議により決定されたものです。
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【速報】太陽系の惑星の定義確定
★私がろう学校にいたころ、太陽の日食があると、授業を中断して、ガラスにろうそくで黒いススをつけて、窓から太陽をながめたり、理科担任の先生が教材室から天体望遠鏡を運んで、運動場で三脚に取り付けると、周囲に集まった生徒たちは望遠鏡の投影板に映る太陽の姿を興味深く見ていました。太陽の表面には黒いシミのような<黒点>がよく見えました。
太陽は動くので、投影板の視野からはみ出さないように、望遠鏡の微調整ネジを回さなくてはならないのですが、先生の手がくたびれて、当時高等部生徒の私に代わってくれたときは、ちょっぴり天文学者になったようなカッコイイ気分になりました。
子どもに天体望遠鏡で太陽の日食と黒点、月の表面、木星・土星・彗星・星雲などを見せて、宇宙の神秘にふれさせる体験を与えると、心の<癒し>になっていいかもしれません。理科の授業で「太陽系・宇宙」が出てくると、子どもたちの目が輝いてくるはずです。
聴覚障害者の就職戦線はなかなか厳しく、やっと採用が決まっても職場でさまざまな困難が待ち受けています。私が職場でいつも心がけていることは「聞こえないことをいいわけにしない、聞こえる人以上に<気がきく>仕事をしよう」で、最近本屋で中谷彰宏の「気がきく人になる50の仕事術」の本を見つけたときは、うれしくなりました。
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本の内容
会議やプレゼンで同じことを言っても、通りやすい人と通りにくい人がいることにお気づきですか? これは、日ごろ「気がきく仕事」をしているかどうかの問題だと著者は言います。気がきく仕事は誰にとっても気持ちよく、無駄がなくて、愛があると。
そこで、気がきく人になって愛される仕事の仕方とは? 気がきくと言われる人はどこが違うのか?を、著者の鋭い観察眼が見つけた具体例でお教えします。
◎手帳をいつも開けて、すぐメモすること。 ◎打ち合わせのアポは、30分・1時間ではなく、5分・20分・50分でとること。 ◎移動中にバリバリ仕事をすること。 ◎ミスをした時のリカバリーは「そこまでやらなくてもいい」というところまでやること……などなど。
また本書は(1)必死にやっているつもりなのに評価されない人 (2)マニュアル以上のことをやりたいけれど、何をすればいいか見つけられない人 (3)仕事にやりがいを感じたい人に特にお勧めです。
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セブンアンドワイン
★仕事に限らず、家庭や地域社会、集団のなかでも<気がきく>ことに心がけていれば、おのずと人間関係がよくなり、人生が楽しいものになります。
ろう者は社会生活において言葉のコミュニケーションが困難で、手話の共通言語が使える<ろうコミュニティ>に依存する度合いが大きくなることはしかたがないことで、それゆえにろう者の<仲間意識>が強いといえます。
しかしながら、この<仲間意識>はときとして<馴れ合い>を生み、時間と金銭の感覚がルーズなろう者が多いことに、聴者にとって驚きであり、どうにもならないあきらめの心境になることも少なくありません。
時間については、いつもどこでもルーズというわけでなく、きちんと時間が守られているところもあります。時間が守られているかどうかは、主催の責任者の手腕にかかっています。責任者が時間になっても「まだ集まりが悪いから、もう少し時間をずらそう」とルーズになっていると、いつまでたっても時間の問題が解決しません。
次に、金銭感覚がルーズなことですが、ろう者はよく「お金を貸してほしい、必ず返す」と親しい仲間に頼みます。人によりますが、1万円以内の少額ならばいいですが、何万円と金額が大きくなると、なかなか返してもらえません。よく借金する人はもともとお金がない・信用がない人ですから、返すお金がなくて当たり前です。お金がない・信用がない人には一円も貸さないことがいちばん安全です。
それから、ろう者はなぜか高額商品に強い関心があります。高級車・高級時計・高級カメラぐらいはまだいいですが、仲間にすすめられるままに、怪しげな健康ふとん・浄水器・掃除機・パソコンセットなどに何十万から百万円も出してしまいます。新製品はもう少したてば店頭に並んで半分以下で安く買えるものです。
またもうひとつ、入会時に何十万出して、会員を増やせば、後で毎月の安定収入があるという、怪しげな金融の話にはまってしまうろう者もいます。もちろん、これはあきらかな出資法(預かり金の禁止)違反の犯罪になります。
ろう者の金銭感覚がルーズになるのは、仲間意識がアダになって「いつも世話になっている人だから、簡単に断れない」と弱気になるからです。金銭トラブルで泣き寝入りにならないためには、仲間に依存しないでしっかりと<自立>することです。
Unknown(トリオ) 2008-07-24 20:43:55
こんにちわ、私もろう者です。聾学校出身で現在、関西の私大に通っています。なので「ろう社会」の事情はわかります。ろう者の仲間意識が強い、というよりは、それしかコミュニティが形成されていないとも言えます。非常に狭い世界ですよ。
借金に関する話は私も仲間伝いでよく聞きます。「あの人は借金してるから金は貸さない方がいいよ」と・・・返してくれないだの、そういった話も聞きます。まぁ、これは聴者にもいるんですけど、それほど聞かないのは表立って言えないようです。
高額商品に関する話はあまり聞きませんけど、いわゆるマルチ商法とか金融商品に関しては、「障害者年金が廃止されたりしたら困るから、今投資しましょう」と謳い文句で、言われるがままに投資するパターンが多いですね。私にもそういった話が来て、必ず障害者年金のことを持ち出してきますね笑 不安を煽るような真似をしなくても、無意味だってことがわかってるので断りましたけど、悪く言えば学の無い人が多い。契約書を読んでもよく理解しないままサインしてしまう人が多いのでは。仲間意識については、ろう学校出身の人とは現在あまり交流がないのでそんなに無いですね。
ろう社会(孫悟空) 2008-07-24 23:08:41
コメントをありがとうございます。
「ろう社会」は非常に狭い世界で、学のない人が多いことはいえていますが、つきつめて考えてみれば、聴覚障害があるためにしかたがないのではと思います。
Unknown(トリオ) 2008-07-26 13:50:44
>聴覚障害があるためにしかたがないのでは
その根拠は? たしかにコミュニケーション障害とも呼ばれてたりしますが、最近はろう学校に通わせず普通校に通わせるケースが多く、大学に入るまで周りに聴覚障害者の人と出会ったことがないという人もいます。そうした人にも当てはめるといえるのでしょうか?
一つの違いは、「ろう社会」における「ろう文化」を知らない点。「ろう社会」に触れてこなかったから当然です。「ろう文化」を守りましょう、と一部のろう者は言っていますが、これでは「ろう文化」が危ういですね。私にはどうでもいい話ですが。
ろう文化と生きる希望(孫悟空) 2005-04-14 17:33:41
>そうした人にも当てはめるといえるのでしょうか?
聴覚障害があったら、ろう学校→仲間→手話→「ろう文化」という流れになるものでしたが、ろう学校に行かず仲間も手話も知らないということは想定外で、当てはめられないといえます。
最近は人工内耳の装着も進んでいるので、聴覚障害者の生き方が多様化して、「ろう文化」がすたれていくことは自然の成り行きと思います。
私はどこのマスコミが取り上げてくれない閉鎖的な「ろう文化」よりも、聴覚障害者が社会で活躍して評価されていることに「生きる希望」を見出したいと思っています。
全国ろう児をもつ親の会が出版した「ぼくたちの言葉を奪わないで!」と「ようこそ、ろうの赤ちゃん」の本が手元にあります。内容は「日本手話、日本手話」のオンパレードで、初めて読む人は「目からウロコ」と驚きの連続かもしれませんが、私は同じ<ろうの世界>に住んでいますから、すべて「想定の範囲内」で驚くことはひとつもありません。
「日本手話を第一言語とし、書記日本語を第二言語として習得する」といいながら、肝心な日本語の習得について具体的に書かれたものはひとつもなく、日本語の文章がよく書けているような成人ろう者は、みんな口話教育をまじめに受けていた人ばかりで、なかには自分の手話を他人に翻訳・代書してもらった人もいました。
早くから手話で育てられた子どもたちは、口話教育で育てられた子ども以上に利発な成長ぶりを見せて、聞こえる大人(先生・親)たちをびっくりさせます。想像以上で初めて見るから、びっくりするのです。
このまま成長したら、もっとすごい大人に成長するだろうと期待しますが、中学生になっても日本語がまともに習得出来ないので、「こんなはずではなかった」と落胆する先生・親が増えています。
これらの本に登場した人(ろう者・親・先生)たちに直接会って、過去の経歴から現在の状況まで徹底検証すれば、彼らの矛盾・問題があきらかになります。彼らが口話教育を批判・攻撃することは簡単に出来ても、同じ<ろうの世界>に住んでいる人が徹底検証して「手話は簡単に出来るが、本当に日本語が出来るのか具体的な証拠を見せてほしい」と攻撃されると、実にあっけなく逃げ出してしまいます。
今年の「第18回ろう教育を考える全国討論集会」は、8月18日から20日まで、熊本県で開かれましたが、事前の早い準備にもかかわらず、参加者数は499名でした。昨年の青森大会は460名で、例年の参加者数は800名前後を維持していたものが、2年続けて半分近くに落ち込んでいました。
青森・熊本とも地理的条件もあると思いますが、そろそろ集会がマンネリ化して<曲がり角>にさしかかっているかもしれません。来年は首都圏の埼玉県で開かれるので、どうなるか注目したいと思います。
熊本集会については、すでにホームページを立ち上げて、速報を流していますが、この速報で少しは集会の様子が見えてくるようです。下のリンクで速報(PDFファイル)をご覧下さい。
ろう教育を考える全国討論集会2006inくまもと
CS衛星放送「目で聴くテレビ」の手話ニュース情報によると、8月4日から6日までに愛媛県松山市で開かれた「全国手話通訳問題研究集会」の参加者数は1000人を軽く超えていました。
「ろう教育を考える全国討論集会in青森」の記録に載っていた、<ろう教育に日本手話を>と強く主張し続けている「全国ろう児をもつ親の会」のメンバーで、桜美林大学大学院客員研究員の肩書をもつ中村成子さんの発言記録を一部紹介します。
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実際にスウェーデンでもスウェーデン語対応手話で教えていた時期があった。そうしたとき、小学校1年生で言語発達が止まってしまった。これは、ストックホルム大学のK・スヴァルトホルム教授のおっしやることだが、実際にこの研究をされた方である。
では、どうして対応手話ではだめなのかということについては、報告書の41ページに書いてある。つまり、対応手話というのは、日本語を手話単語で表した表現方法である。対応手話は、日本語の語順で手話を見せるわけだから、土台は日本語である。だけれど、聞こえない子にとっては、単語だけが目に入る(手話単語の羅列になる)わけだから、日本語の文法を知らない子にとってそれだけでは分からない。私たちでも、英語の単語だけ並べられて分かるだろうか。どれが主語で、どれが動詞で、どれが目的語でとかは英語を知っていれば分かるが、それを知らない小さい子どもたちに、単語だけ並べても、言語ではないから言語学習にならない。だから役に立たない。先ほど、大杉さんがおっしやっていたように、日本語か手話言語かどっちかなのである。対応手話というのは、その中間にあるわけだから、どっちつかずである。どちらでもない。中途半端で、子どもたちは頭の中が混乱してしまうわけである。どう混乱するかは報告書にも載せてある。だから、日本語対応手話で、どんなに先生が工夫を凝らして教育をしても、それは言語としての日本語を習得するためには役に立たない。アメリカやデンマーク、スウェーデンなど北欧の先進諸国でも、トータルコミュニケーションで対応手話を使う教育では、言語力は伸びなかったということは研究されて明らかになっている。だから、間違ったことが分かっていることはやめようということを言いたい。
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★「対応手話」というのは、日本語をベースにした手話であって、日本手話を信奉する人から見れば「日本語と日本手話の中間で、中途半端」といえるかもしれません。はじめから日本語の文法がわからない、ろう児・成人ろう者にとって「対応手話」は理解できない手話言語であることは当たり前です。
しかし、日本語を習得した少数のろう者・難聴者の間で「対応手話」が恒常的に使われていることは、決して中途半端な手話言語でないことはあきらかです。
成人ろう者が努力して日本語の読み書きを習得した人を知っていますが、本来の日本手話ばかりでなく、相手(難聴者・聴者)に合わせて「対応手話」をこなしていました。日本語が習得出来れば、おのずと「対応手話」も理解出来るというわけで、「対応手話」が理解出来ない子どもは、すなわち日本語の習得が出来ていないと思って間違いありません。
発言した中村成子さんのお子さんは「母親法」で教育して、インテグレーションしたもので、最初から日本手話で教育して日本語を習得した経験・実績を持っているわけではありません。欧米の教育を引き合いにして、自分が経験していない「観念的な理論」を主張しているだけです。
[あしたがある](229)映画作りも手話授業も明るく(連載)=東海
同じ手話でも、日本とアメリカのそれは別物だ。授業そのものがまだ珍しいが、国際交流のきっかけになればと、今年4月に始まった。
カナダの聾学校に滞在した経験をもとに、バッファローの絵を黒板に描く。「体重は1トンある」と手話で説明すると、生徒たちは目を丸くした。素直な反応に、今村の表情もほころぶ。
◎ ◎
生まれつき難聴で、補聴器なしではほとんど音が聞こえない。小学校から中学2年の秋までは、名古屋で普通の学校に通ったが、いじめに遭い、学校に行けない時期もあった。
高校は千葉県の聾学校に進んだが、そこでもいじめを経験、豊橋聾学校に転校した。相次ぐいじめで傷つき、無意識のうちに級友や教諭を避けるようになっていた。そのころの自分を、今村は「負け犬根性がしみついていた」と振り返る。
転機が訪れたのは高校2年。担任から生徒会長選への立候補を勧められた。「できるわけがない」と固辞したが、「あなたならできる」と背中を押された。
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YOMIURI ONLINE(読売新聞)
盆休み明けの出勤2日間は、いつもの倍ぐらいの猛烈な忙しさでした。さて、昨年に青森で開かれた「第17回ろう教育を考える全国討論集会in青森」の記録が手元に届いて読んでいるところです。
少し前にNHK教育テレビに出ていた、大阪市立聾学校の堀谷留美教諭が、第3分科会の「日本語・手話指導の実際」で発言した記録を一部紹介します。
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堀谷(座長)いまの話を聞いて思ったことだが、普通小学校で「音読」というものがある。文章の意味はわからなくてもとにかく読んで、それが書く力につながるという報告がある。では、聾学校ではそれと同じようなことが可能なのかという問題が起きてくると思う。分からなくてもとにかく声に出して読む、また、とにかく書く、とにかく発音する、等々いろいろな考え方があると思う。それについて実際聾学校で指導されている先生方の意見を聞きたい。ろうの子どもに、日本語を覚えさせるために本を与えて書かせる、それがいいことなのかということも聞きたい。自分は今、小学部5年生を担任している。本を読むということを子どもたちは拒否する。また、書く時もただ機械的に書き写している。当然、子どもたちは日本語の習得に関してはまだまだで、自分がその力を引き出せないのを反省している。手話で楽しく話をして、そこから書きたいという気持ちを起こさせるという課題が自分には残されていると思う。
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「本を読むということを子どもたちは拒否する」とは、つまり子どもたちは本を読まないということですが、なぜ本を読まないか、それは子どもたちの第一言語(母語)が日本語と異なる<日本手話>であって、<手話の目>で読んでいるから、日本語の意味がわからず、つまらないから本を読まなくなります。それは英字新聞を<日本語の目>で読んでも内容がわからず、興味がわかないのと同じことです。
「書く時もただ機械的に書き写している」ことも同じで、先生が黒板に長い文章を書いたものや絵本・教科書の文章を、生徒が一生懸命に書き写しても、ほとんど日本語の習得につながりません。
聴こえる子どもたちが自然に日本語を習得するプロセス(過程)を、聴こえない子どもたちにも与えて、口話教育で日本語を第一言語にすれば、おのずと<日本語の目>で日本語の文章を読む力がつきます。
先のNHK教育テレビで、黒板に日本語の文章を上手に書いた女の子がいましたが、この子はメガネをかけていました。つまり、メガネになるくらいの「読書好き」が日本語上達の早道です。
それにしても、堀谷教諭はインテの秀才でありながら、なぜ自分が日本語を習得したプロセスを子どもたちに与えないのか、不思議に思います。口話教育とインテのつらさを子どもたちに味わさせたくないでしょう。
昨年の全日聾研で堀谷教諭の発言 (田舎のオージオロジスト) 2006-10-14 00:37:09
昨年の全日聾研における大阪市立聾学校での公開授業後の研究協議で、堀谷教諭が「授業で手話を使うことによって良く理解が出来ているように思える。しかしテストをすると成績がとても悪い。なぜそうなのか解らない。」と発言された。
その後、研究主任が「近畿地区の聾学校の先生方が集まって研究会などを行うといつもその事が話題になって行き詰まります」と言われた。
理由は簡単です。テストの問題は日本語で書いてあり、答えも日本語で書かなければいけないからです。
日常的に、学校で手話を使い、家庭でも手話を使うように指導しているのですから日本語で考える必要はないわけで、日本語の思考にはなっていないのです。従ってテストの成績が悪いということになります。手話でテストをすれば成績が上がるかもしれませんが、採点が難しくて不正確になりますね。
そして現実には世の中の試験はほとんど日本語で行われますので大変不利になります。
聾学校の先生方、ほんとうにこれでいいのでしょうか?
思考(孫悟空) 2006-10-14 11:32:34
コメントをありがとうございます。
>日常的に、学校で手話を使い、家庭でも手話を使うように指導しているのですから日本語で考える必要はないわけで、日本語の思考にはなっていないのです。従ってテストの成績が悪いということになります。
まったくその通りで、手話の思考で日本語が理解できるはずがありません。
昨夜に、病気で亡くなった先輩のお通夜に行きました。遺族が多いせいか、地元の聴覚障害者協会ばかりでなく、親戚・職場・町会から500人を超える人が集まってきました。これだけ多く集まると、もう立派なもので、うらやましくさえ思います。
私が地元の聴覚障害者協会に長く顔を出していないので、何年ぶりで会う仲間と「おお!久しぶり」と手をあげたり、あるいは互いに握手をしたりして、再会を喜びました。長く協会に行っていなくても、人脈や新聞・インターネットなどで情報を得ているので、相手のことを話題にして、ほめてあげると笑顔になって喜んでくれます。
そのなかで、ろう学校の情報にくわしい人をつかまえて、話を聞くと「就職が厳しいので、口話教育を求める親が増えている」ということでした。ろう学校で手話導入が進んでも、日本語のコミュニケーションが出来ないと、就職で不利になる危機感が親の間で広まっているようです。
以前に、UFJ銀行で聴覚障害の女子行員が「手話通訳の保障や差別の損害賠償」を求める裁判がありましたが、2・3回の公判で銀行側が女子行員の訴えに対して「そんなことを言っていない」と否定し、物的証拠がないために裁判が長引く様相をみせています。
「手話は聴覚障害者の権利」とよくいわれますが、あまりに手話に頼り過ぎても考えものではないかと思います。企業の負担が少なく役に立ちそうな人ほど就職が早く決まります。
難聴球児 最後の夏へ きょう開幕の県中学野球
12日に開幕する県中学野球選手権大会に、中村西中(四万十市具同)の野球部で難聴の障害を乗り越えて練習に励んできた3年生の横山大樹君(14)が出場する。ハンディがありながらレギュラーを勝ち取った中学校生活の集大成。「昨年の県中学総体のベスト4を上回りたい」と気合十分だ。
父親の真哉さん(44)は宿毛高校野球部の監督。小さいころから横山君とキャッチボールし、野球に親しんできた。小学生の時は地元のソフトボールチームで活躍。中学校では真哉さんの勧めもあり野球部に入部した。生まれながらほとんど耳が聞こえないため、普段は補聴器を付けた生活。汗でさびるため練習や試合には、補聴器を外して臨んでいる。
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高知新聞ニュース
盆休みの第一日目・12日はとなり富山県へ行って、友人宅・墓参り・妻の実家を回ったあと、黒部ICから北陸道を飛ばして越後湯沢温泉で一泊しました。第二日目は関越道で渋川ICを降りて、伊香保温泉に向かいました。伊香保温泉は以前に日本聾史学会の講演会で行ったことがあって、講演会の前にひとりで入った「石段の湯」がよかったので、今回も夫婦で行きました。この浴場の料金は大人が400円・小人が200円ですが、障害者は何と100円の安さでびっくりしました。
伊香保温泉 石段の湯
目的地のさいたま市までは、地理的に遠くないし時間もあるので、一般国道を通って行きました。この辺になると歴史的な名所があまりなく、サティやアピタの大型ショッピングセンターでぶらつきながら時間をつぶして、夕方から越谷市の健康ランドに入って泊まりました。
第三日目の14日は、朝早くに健康ランドを出て、さいたま市に向かう途中で、ワールドカップ・サッカーの開催で有名になった「埼玉スタジアム2002」に寄ってみました。テレビで見て思ったより大きな施設でした。
目的地のさいたま市で友人宅を訪問し、東京都内のろう学校再編などの情報を聞きました。人工内耳の子どもが増えて、ろう学校に行く子どもが減って、ろう学校の統廃合が進んでいるとのことでした。午後から川越ICから関越道に入って、長野経由で深夜に金沢の自宅に帰ってきました。
盆休みの高速道路といえば、テレビのニュースで渋滞のイメージが強いですが、私の車は渋滞する道路の流れと逆なので、出発から帰着までスイスイと行けました。
きのうの午後7時57分から、フジテレビ系の「奇跡体験!アンビリバボー」番組で、聴覚障害の薬剤師で早瀬久美さんの生い立ちから国会を動かして法改正で薬剤師の免許を取得するまでの再現ドラマが放映されました。この番組で「歴史の開拓者」と呼ばれたことは大変名誉なことで、彼女は偉い!と思いました。
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「夢への階段」
後藤久美さんは1975年4月25日に、聴覚障害を持って誕生した。それでも幼い頃から母・直美さんと言葉の練習を繰り返し、相手の唇を読んで会話する口話をマスターし、一般の小学校に通う明るい少女に成長した。
高学年になるとバトントワリングのクラブに入部するが、音楽が聞こえないのでやはり限界があった。なんとかリズムを取ろうと、スピーカーに耳を当てて振動を感じて練習したが、立ちはだかる壁にどうすることもできなかった。
やがて一般の中学に通うようになり、進路について考えるようになった15歳の頃、彼女は「困っている人の役に立つ仕事がしたい」と母親に話した。久美はいつも、周りに助けられていると感じていた。
実は学校の先生たちの多くが、久美のためにあらかじめ授業の内容をプリントにまとめてくれたり、授業中は唇が読めるように久美の方を向いて話してくれていたのだ。
久美は、母親が薬剤師だったことから、その仕事はどうなのかを尋ねた。
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奇跡体験!アンビリバボー
★明日12日から16日まで会社の夏休みで、夫婦で関東方面へドライブ・温泉に行ってきます。帰るまでにブログをお休みさせていただきます。
高校総体初出場 鳥取聾学校 前島博之さん
2006年08月01日
鳥取聾(ろう)学校高等部3年の前島博之さん(18)が、1日に大阪府で開幕する高校総体「06総体THE近畿」の陸上競技男子走り幅跳びに初出場する。聴覚障害があり、練習やコミュニケーションで苦労もあったが、中学1年の時から競技を続けてきた結果だ。本番を前に、「自分の力を思いっきり出したい」と意気込んでいる。
陸上を始めたのは同じ学校でやり投げをしていた兄や顧問の先生に勧められたのがきっかけだ。今年6月の中国大会では6位に入り、総体出場を決めた。この大会では追い風参考ながら7メートル01を記録。目標にしていた7メートルを超えた。
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asahi.com
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Unknown (☆R☆) 2006-08-25 11:33:24 高校総体出場おめでとう!!一生懸命頑張ったかいがあったね☆引退試合が高知県であるということで応援には行けれないけど、自分の力を十分に出し切ってきてください。岡山から応援しています♪(^^)また逢えたらいいね☆★ |
分科会で発表されたリポートで、代表的な2本(吉本・脇中)を選んで全文をアップしました。教育現場にいる聴覚障害教諭の「生の声」というべきもので、いい参考になります。全文はリンクでご覧下さい。
☆吉本教諭のリポート
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岡本氏は一次的ことば、二次的ことばについて発達を述べておられる。子どもは大人のかかわりの中で自然にことばを身につけ、体験をことばにして、集団の中でやりとりが深まり思考と共に日本語の力が成長していくのである。
鳥越氏はろう児においても豊かな手話コミュニケーションにより同様の言語発達が期待できると述べておられた。ろう教育界でも対話を深めていくためには、やはり手話による集団の中でも深まりが必要であり、日本語獲得や読み書きの力をつけるためには二次的ことばとしての話しことばを身につける必要があると考える。それを育てるためには子どもとの共通言語である手話が不可欠である。そのため、二次的ことばをしっかり身につけていくために、子ども同士が自然的に学び合うような集団的相互交渉が日常的に行われていること、またそれを成立するために教師が支援・促進していく必要があると考える。
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★こういう「思い込み」が日本語教育をダメにする最大の原因です。子ども集団の手話は日本語と違うものですから、手話と日本語の区別がつかないで失敗します。
☆脇中教諭のリポート
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お念仏のように「手話導入によって会話が豊かになり、日本語を獲得させられる」と言うだけでは、聴者に匹敵する学力の獲得を願う人々の賛意を得ることは難しく、少しの「失敗例」の紹介によって手話導入の動きは弱められていくだろう。なお、ある教育方法の成果は、成人の実態を見て論じられるべきというのが、私の持論である。ある人は「手話を早期から使う子は、幼児期は確かに力があるが、次第に(特に「9歳」以降)日本語のトレーニングを地道に積み上げてきた子の方が伸びてくる」と語ったが、私としては、その「逆転される現象」は、手話を導入したからではなく、別の必要な手だてがおろそかにされたから、と考える。私が個人的に知っている手話導入の「成功例」は、手話が早期から導入されたからというよりは、親が手話を通して早期から日本語の世界の紹介に努めたからであるように思う。
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★「手話導入の成功例」はおそらく、デフファミリーの一部を指していると思われます。手話と日本語の区別がわかる子どもだけが成功します。
おもしろい (田舎教師) 2006-08-009 22:59:42
脇中さんのリポートはさすが噂通りでした。鋭く、的を射ており、感心しました。みなさん、本当に知的ですね。 実は、この岐阜大会に私の友人も参加しておりました。後で、管理人さんのことを尋ねてみようなどと思っています。 !
わからないかも(孫悟空) 2006-08-10 22:56:02
またのコメントをありがとうございます。
>後で、管理人さんのことを尋ねてみようなどと思っています。
私はあまり発言していないし、どこにでもいるような
年寄りでわからないかもしれません。
岐阜シンポの午後1時から、7つの分科会がそれぞれ開かれましたが、私は第2分科会「日本語の習得と手話コミュニケーションの関わりの重要性」に参加しました。
分科会にはおよそ30名が集まり、4名の聴覚障害教諭からリポート発表と質疑応答がありました。まず横浜市立聾学校の福元由美子教諭がプレゼンの動画を見せながら発表しましたが、子どもたちへの愛情と創意工夫がよく出ていました。
続いて愛知県立岡崎聾学校の松田咲子教諭が、子どもの実態把握と手話コミュニケーションの様子を観察しながら、日本語習得に向けての試みなどを発表しました。
3人目は、奈良県立ろう学校の吉本努教諭が、岡本夏木氏の「一次的ことば、二次的ことば」、鳥越隆士氏の理論を引用しながら、集団の共通言語である手話が不可欠であるとして、第二言語としての日本語習得を目指す試みを発表しました。
最後は、京都府立聾学校の脇中起余子教諭が「聴者に匹敵するリテラシーを獲得するために〜自称<天の邪鬼>からの挑発的(?)質問」と題して、手話と日本語の教育に疑問を投げかけるという、大胆な発表をしました。
その後は、3つのグループに分かれて、課題のテーマを選んで討論することになり、それまでずっと傍聴していた私も何か発言しなくてはなりませんでした。しかし、聴覚障害教職員が主役のシンポですから、相手の発言に質問する程度にして、自分の意見を控えるようにしました。
グループ討論の前に、全員の自己紹介がありましたが、ろう者と聴者の割合はほぼ半数で、聴者の教職員もかなり高い手話力を持っていました。教職員の手話レベルが年々向上して、学校全体で手話コミュニケーションが活発化しているにもかかわらず、日本語習得に結びつける具体的な成果がひとつもなく、発表者全員がそろって「日本語教育は難しい」ことを認めていました。
きのうは帰りの疲れで、写真2点だけアップしました。聴覚障害者関係の大会というと、全国ろうあ者大会・北信越ろうあ者大会などのように、ろう協の主催が多かったですが、今度の岐阜シンポに初めて参加した印象としては、同じ聴覚障害者の大会でありながら、教職員らしい知的で上品な雰囲気を感じさせました。
一般参加が全体の1割程度と少ないので、物好きな年寄りがひとり浮いてしまうのではないかと心配しましたが、ほかにも髪が白くて薄い人が何人もいたので目立たなくて安心しました。会場の受付でもらった資料をさっそく広げて、参加者リストを見たら、顔見知りが3人いて、久しぶりの再会を楽しみました。
さて、開会式のあとは記念講演として、国立特殊教育研究所の藤本裕人先生が「特別支援教育の動向と今後の聾学校教育」と題して、たくさんのプレゼンを活用しながら、2時間近く講演しました。講演のなかで特に面白いと思ったのは、教育実習で学生が黒板を3つのスペースに分けて、ノートに書き写す部分と生徒の能力ABに合わせた図解の部分を書いていたことでした。日本語の文章がわからない生徒には図解で説明するというわけで、なるほどと思いました。
講演のあとで、司会者が会場の聴衆に質問を求めましたが、手を上げる人が出てこないので、たまりかねて元筑波技術短期大学助教授の長谷川洋先生が出てきました。質問の内容は予算についてでしたが、特別支援教育の制度に変っても、予算が増えることはないということでした。シンポの正会員である教職員から質問がひとつも出てこなかったのは、勉強不足かレベルが低いか残念に思いました。
ただいま、岐阜から帰ってまいりました。
開会式に先立って岐阜聾学校中高部生徒が勇壮な「岐聾響太鼓」を披露。
開会式で挨拶する全国聴覚障害教職員協議会の前田会長。
明日の朝から、ひとり車で岐阜へ行ってきます。岐阜市内の温泉で一泊してから、翌6日の第15回全国聴覚障害教職員シンポジウム岐阜大会に参加します。
大会のタイトルからして、教職員の研修会をイメージしますが、一般のろう者でも参加可能で、北陸から地理的に近いので「どんな大会か、どの程度のレベルか、行って見ようかな」と興味と好奇心で参加することにしました。
およそ180名の参加者リストを見ると、一般参加は全体の1割程度らしいので、私のような物好きな年寄りは浮いてしまいそうです。教職員が主役の大会ですから、もっぱら傍聴に専心しますが、面白い情報があったら、レポートしたいと思っています。
第15回全国聴覚障害教職員シンポジウム岐阜大会のホームページは、こちらです。
続いて、8月18〜20日に開かれる「第18回ろう教育を考える全国討論集会inくまもと」のホームページは、こちらです。
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楽しみにしています。 (田舎教師) 2006-08-04 23:06:48 参加されるのですね。 報告がとても楽しみです。 お気をつけて! ありがとうございます(孫悟空) 2006-08-07 00:00:53 毎度のごひいきとコメントをありがとうございます。 |
先ごろ届いた「日本聴力障害新聞」8月号に、7月1日、束京で日本弁護士連合会(日弁連)主催によるシンポジウム「手話教育の充実とろう児の権利−手話は、ろう者の言語である−」が開かれた記事が載っていました。その一部を以下に紹介します。
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<筑波技術大学学生の谷田直樹さん>
聴覚口話法を厳密に運用していたろう学校での体験や、普通校でほとんど情報保障を受けられなかったこと、北海道高等ろう学校では手話を使った授業がおこなわれていたことに驚いたが、内容も理解できて充実したことなどの経験を交えながら、聴覚口話法だけではなく手話との併用などの柔軟な教育をおこなえるようにしてほしい、まずは子どものコミュニケーション能力を高める教育をしてほしい、とろう教育に手話を導入する必要性を訴えました。
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<元東京都立大塚ろう学校校長の濱崎久美子先生>
濱崎さんはろう学校校長の経験から、ろう学校を取り巻く環境を中心に話をしました。現在のろう学校では手話を否定せず、聴覚口話法だけで教育がおこなわれているわけではないという現状や、日本語を身につけなければいけないとされているろう学校の目的に触れ、「普通校と比較して学力が身につかないのであれば改善しなければならない」と話しました。
0.ろう学校の教員が盲学校に異動してしまうという問題があるが?
A.(濱崎)異動があるのは事実だが、公務員である以上「聴覚障害だけ」というわけにはいかない。基本的に教育は同じなので、障害児教育全体のレベルを上げていくのが大事。養護学校に通うろう重複障害児もいるので、全体で底上げをしなければならない。
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<元全日ろう連東京事務所長の大杉豊さん>
また、日本語を教えるために手話を使うのではなく、手話そのものを重視し、手話による教育をおこなうモノリンガルという考え方で教育を進めるべきだとしました。
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★谷田さんは、まさに日本語が母国語(第一言語)、手話が第二の母国語(第二言語)の典型的な「口話教育の成功モデル」といえます。
濱崎先生は、ろう教育のベテランらしく現実的な考え方を示したことは高く評価できます。
大杉さんの「モノリンガル教育」論は、おそらく口話も手話も中途半端なセミリンガルよりも、手話のモノリンガルで教育を進めるべきという趣旨かもしれませんが、具体性・実現性がない「観念論」は時間の浪費です。
<熱球>長浜の森居捕手
「僕のリードミス」
7回裏、相手チームの走者が本塁に戻り、コールド負けが決まった瞬間、長浜の森居大樹捕手(2年)はひざに手をつき、涙をこらえたまましばらく動けなかった。「負けたのは僕のリードにミスがあったせい。悔しい」と唇をかんだ。
(略)
生まれつき耳が不自由で、3歳から栗東市の県立聾(ろう)話学校に通っていた。小さなころから、母和美さんの心配をよそに、熱があっても練習に参加するほどのめり込んだ。和美さんは「普段はおとなしい性格。でも野球のことになると積極的になるんです」と息子の成長を喜ぶ。
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中日新聞ホームページ
「学力だけでなく生きる力を」 小倉聾学校で公開研修講座=北九州
小倉北区の県立小倉聾(ろう)学校(定松茂校長、45人)で24日、公開研修講座が開かれ、県内外のろう学校教諭や医療関係者、手話のボランティアら約130人が受講した。
午前中は、公開授業のほか、大塚聾学校(東京都)の南村洋子教諭が「聴覚障害児の豊かな学力を培うために」のテーマで講演。午後からは、パネルディスカッションがあり、「これからの聾学校の在り方 展望と課題」について、県教委の特別支援教育室職員らが「ろう学校教諭の専門性(指導力など)を向上させる」「自立心が育っていないと、就職後に周囲と関係が保てずに退社するケースがある」などの意見が出た。
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YOMIURI ONLINE(読売新聞)