毎週日曜日の午後8時から放映されている、NHK総合テレビ・大河ドラマ「義経」を毎回欠かさず見ています。義経の物語は、ろう学校にいた頃から歴史に強い興味があって、京都で生まれてから平家合戦に勝利して奥州の平泉で自決するまでの、おおまかな流れを知っていましたが、映画やテレビでたびたび登場するほどの根強い人気があるのは、「判官(ほうがん)びいき」という言葉が示すように、悲劇的なヒーローに同情が集まるためと思われます。
「義経」を見ていて、歴史ドラマの面白さもありますが、それ以上に義経を取り巻く<政治権力と人間関係>の複雑さを考えさせられる面白さがあります。義経が兄・頼朝の意向(武家政治)をよく理解できず、老練な上皇に利用されたのが、悲劇の始まりだそうです。
<人間関係>といえば、言葉のコミュニケーションが成立しにくい、ろう者・難聴者が最も苦手としている課題です。ろう者のなかで人づきあいが上手な人は、手話で集団活動(同窓会・クラス会・ろうあ協会・スポーツ・趣味)の経験が豊富で、人間関係のツボをうまく押さえています。
一方、インテグレーションで育った難聴者は、ろう者以上に日本語ができるとはいえ、集団活動の経験が乏しいので、実社会に出ても人間関係でつまづいて、転職を続けている人が多いようです。せっかく難聴者の組織を作っても、集まらない・続かないで悩んでいるところがたくさんあります。
人間関係がよくなるツボ・コツを押さえるためには、ただ集団活動の経験が多いばかりでなく、相手の言葉に出ない<心>を敏感に感じ取る、カンを磨いておく必要があります。そのカンは「どんな苦しい問題があっても逃げない」ことで磨かれるものであって、いつもグチ・文句ばかりこぼす人には、相手の心を感じ取るカンが身につきません。
私が通っている、石川障害者職業能力開発校(訓練校)は、きょうから8月20日までの3週間あまり夏季休校になりました。サラリーマンから見たら、うらやましくなりそうな夏休みですが、休み明けには試験が連続して実施されるので、のんびり遊んでばかりはいられません。
CS(コンピュータサービス)技能評価試験で、表計算(エクセル)部門2級を受験すべく、何冊かの模擬試験集を集めたり、ネットでサンプルデータをダウンロードして、勉強を進めています。
このCS試験のあとに、障害者技能競技大会(アビリンピック)の石川地方大会で、表計算(2級)にも出場する予定です。最初は私1人だけの出場申込みでしたが、あとで同期の訓練生3人も出場申込みをしました。うち1人は福井地方大会で銀メダルを獲得しているので、気が抜けません。全国大会は山口県で開催ですが、競技種目に表計算が入っていないのが残念です。
気が抜けないとはいっても、せっかくの夏休みですから「2/3は勉強、1/3は遊び」と振り分けて、試験に備えるつもりです。
今晩の8時から、金沢で花火大会がありました。うちのマンションは3階で、花火がよく見えました。花火の風習は日本だけの文化と思っていましたが、外国にもたくさんあるようです。花火の派手な打ち上げには、人間のもやもやした気分を吹き飛ばす効用があるかもしれません。
鳥取・島根・浜田・松江の各ろう学校長、国立身体障害者センターの指導課長、財団法人聴覚障害者教育福祉協会の会長を長く務めた、今西孝雄先生が「特別支援教育の総合免許状」に反対する投稿の一部を紹介します。
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総合免許状に反対する理由について
1.私は聾教育を志し東京聾唖学校師範部を卒業したが,この教員養成学校への受験資格は小学校訓導を3年以上経験し,県知事の推薦を受けねばならなかった。9名の合格者は国費をもって1カ年の特別教育を受け,昭和9年,私は島根県立盲唖学校に勤めた。ここで盲生を教え聾生を教え,当時は養護学校がなかったが,その後国立身体障害者センターで肢体不自由者を指導して来たが,これらの生徒の中には知的障害を併せ持つ者もかなり含まれていたので,今日までの67年間すべて障害教育にかかわって来たものである。
2.この障害教育の中で,私が最も困難な教育と思ったのは聾生の言語指導の問題であった。私は東京府立聾唖学校時代では2名の聾生を家庭に預かり,教師と父親の一人二役を4年も過ごしたことがあったが,言語指導で一人歩きができそうに思ったのが10年の経験を経た頃からであった。特に発音指導に至っては未だに自信がもてない。大学を出て聾免をもって赴任しても,殆どのものが専門性を身につけておらず役に立っていないのが実情である。これには教員養成にも問題があり,専門性を身につけた指導者がきわめて少ない。実習時間も少なく,4年の修業年限では短い。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
みみだより 426号
★「最も困難な教育と思ったのは聾生の言語指導の問題であった。(略)言語指導で一人歩きができそうに思ったのが10年の経験を経た頃からであった」という今西先生の言葉でわかるように、ろう学校で聞こえない子どもに言葉を教えて、一人前の先生になることは<至難の技>だといえます。
「聾学校教員養成の現状と課題」のページを見つけたので、一部紹介します。
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Q7:聾学校教員免許を持ってなくても聾学校に勤務できるのですか?
A7:勤務できます。
表12をご覧ください。聾学校に勤務する先生方の中で聾学校教員免許を保有しているのは約31%、つまり全国平均で3人に1人ということになります。「これで、聾学校の専門性が保障されるのか?」という質問を保護者の方から頂くことがあります。「聾学校の専門性が確保されないなら、聾学校に子どもを通わせても意味がないではないか」という厳しいご批判を頂くこともあります。聾学校教員免許を取得して大学を卒業する者は毎年100人を軽く越えています。しかし、全員が教員になる訳ではなく、また教員採用試験が厳しい現状にあっては、供給が需要を越えてしまっています。また聾学校に勤務できても数年で転勤があります。多くの県では聾学校が1県に1校しかなく、転勤により聾学校を転出せざるを得ず、逆に転入したきた先生は聾学校教員免許を持っていないということがある訳で、なかなか免許保有率があがりません。秋田県では県教委の配慮で養護学校の免許保有率が90%を越えています。保有率を上げるためには、教員採用、現職教員への再教育(認定講習、内地留学)、人事異動の際の配慮等が必要です。
断っておきますが、免許を持った先生は優秀で、免許を持たない先生は優秀ではないということではありません。免許の有無と教師としての力量は必ずしも相関関係にあるとは言い切れません。
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聾学校教員養成の現状と課題
難聴 知られざる人間風景(下)
日本史に探る聴覚障害者群像
津名道代 著
下巻では、日本史の中で聴覚障害者たちがどのように生き・どのように他から遇されていたかを探った。障害の事実が他者から「見えぬ」ゆえに起こる視聴覚障害者の苦悩を、歴史的視点から探る。
出雲臣冠、ホムチワケ、司馬江漢、鈴木牧之、谷三山、山根立庵、下山清、西川はま子などを詳しく論じ、中里介山の小説“大菩薩峠”の聴覚障害少年像を読み解く。
上下いずれもA5判 並製 カバー装
本体価格2000円 2005年7月刊
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文理閣とれたて本
★この本を手にとって、真っ先に読んだのは「コトバを求めて40年の彷徨−西川はま子」で、口話教育のさきがけで有名な西川はま子の生涯を、10歳で難聴になった女性の視点で再評価していることに好感が持てます。
「目」を武器に指示送る/橿原学院
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橿原学院・岡橋俊介一塁コーチ
じっとベンチを見つめ、監督の口の動きを読む。橿原学院3年の一塁コーチ岡橋俊介は「目」という武器を使って戦った。
3歳の時、高度難聴と診断された。両耳の補聴器が手放せない。心細さを吹き飛ばしてくれたのが、小学3年で始めた野球だった。
高校でも迷わず野球部に。試合には一度も出場できなかったが、休まず練習に通った。
昨秋、やる気を買った監督から「走塁コーチをやってみないか」と言われた。試合に加われる絶好の機会。「やらせてください」と即答した。
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asahi.com マイタウン奈良
きのうの午後1時から、京都・嵐山の全国手話研修センターで開かれた、日本聾史学会の運営委員会に出席しました。会議の議題は11月26・27日に開催の日本聾史学会長岡大会を中心にしたものですが、会議終了後の5時から高田センター長(全日本ろうあ連盟常任理事)の案内と解説で、センター隣にある従業員寮の空き部屋に、全国から集められた聴覚障害と手話関係の古い図書・資料・フィルム・ビデオテープ等が本棚に並んだり、段ボール箱に詰められた様子を見ました。
今は詳しい計画の内容をお知らせできませんが、将来は古い図書・資料などがきちんと整理されて、図書館と同じように閲覧ができるそうで、とても楽しみになってきました。手話の歴史ばかりでなく、ろう教育・口話教育の歴史を研究する人にとっても、まさに「宝の山」でうれしく思いました。
そのあと、研修センターのレストランで居合わせた他の手話通訳者たちといっしょになって、ビールで乾杯して、2時間ほど交流を楽しみました。レストランは8時で閉まるため、さらに運営委員の5人だけで別の食堂へ移動して、夕食しながら交流と情報交換が9時まで続きました。
センターで泊まる人、京都・大阪で泊まる人、真っ直ぐ帰る人とバラバラでしたが、私はひとりで京都市内のビジネスホテルに泊まりました。部屋にインターネット接続があり、朝食もついて便利でした。翌日は京都駅を中心にブラついて、本屋で立ち読みしたり、京都タワーの展望台に登ったり、食堂で昼食したりして、時間をつぶしてから、高速バスで帰途につきました。
お疲れ様でした。(桜井強) 2005-07-24 19:00:45
昨日、大変お疲れ様でした。
資料室設立について、僕も長年、夢だったのです。
遂に実現に近付いて来ていると感じます。
お互いに頑張りましょう。
どうも(孫悟空) 2005-07-24 23:01:29
わざわざのコメントをいただき、ありがとうございます。
お疲れさまでした。
【第1回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム開催のご案内】
近年聞こえない学生を受け入れ、ノートテイクをはじめとするさまざまな支援を行う高等教育機関が急増しています。
しかし、聴覚障害学生の支援には多くの知識とノウハウが必要で、一般の大学・短期大学ではこうした情報が思うように得られず支援が進まない状況にあります。
このような現状を打開し、聴覚障害学生支援のためのノウハウ蓄積と情報発信を行うため、昨年10月筑波技術短期大学の呼びかけで、聴覚障害学生の受け入れに先駆的な取り組みを行ってきた13大学・機関による「日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNetJapan)」が結成されました。
本シンポジウムでは、PEPNetJapanの1年間の活動の成果を報告し、この支援ネットワークをより多くの大学・短期大学に広げていくための基盤づくりを行うとともに、聴覚障害学生支援先進国のアメリカの中でも最大規模の支援体制を誇るロチェスター工科大学の取り組みと、利用者としての聴覚障害学生自身によるわが国の取り組みの評価をもとに、今後私たちの大学・短期大学が進むべき方向について学ぶことができればと思います。
聴覚障害学生支援がすべての大学・短期大学においてスタンダードとなるよう、一人でも多くの方々のご出席をお待ちしております。
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主催:日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNetJapan)
筑波技術短期大学
日時:2005年10月8日(土)10:00〜17:00
会場:筑波技術短期大学天久保キャンパス講堂
(茨城県つくば市天久保 4315)
<第1部> 10:00〜11:45 懇談会
聴覚障害学生、大学教職員、情報保障者の3部会によるディスカッション
〜各大学の取り組みや現在抱えている問題・課題等〜
<昼食> 11:45〜13:00
<第2部> 13:00〜17:00 全体会
PEPNetJapan設立趣旨説明
講演会 「ロチェスター工科大学における聴覚障害学生支援(仮)」
国立聾工科大学(NTID)PENInternational代表
James J. DeCaro教授
パネルディスカッション
「利用者から発信する情報保障のあり方」
〜聴覚障害学生から見た障害学生支援システム〜
〜これからの聴覚障害学生支援のあり方〜
※全ブログラムとも手話通訳およびパソコン要約筆記による情報保障が行われます。
また、講演会部分のみ英語日本語間の音声通訳がつきます。
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申込方法:
申込用紙に記載された各項目に記入の上、下記問い合わせ先まで郵送またはFAXにてお送りいただくか、下記フォーマットにてemailで送付してください。
申込用紙のダウンロードについては、下記本シンポジウムの案内HPを参照してください。
http://www.a.tsukubatech.ac.jp/ce/personal/shirasawa/file/symposium.htm
申込締め切り:2005年9月20日(火)
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第1回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム参加申込書
参加者氏名:
所属(勤務先・学校名・団体名等):
※部課,学科等まで記入ください
連絡先:〒
TEL:
FAX:
Email:
午前(10:0011:45)の懇談会で参加を希望する部会(○をつけてください):
1.聴覚障害学生 2.大学教職員 3.情報保障者
聴覚障害の有無: あり ・ なし
その他要望事項:
問い合わせ先:
日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNetJapan)事務局
〒3050005
茨城県つくば市天久保4315筑波技術短期大学障害者高等教育センター
聴覚・視覚障害学生の大学教育に関する相談・支援室 聴覚系WG内
http://www.a.tsukubatech.ac.jp/ce/personal/shirasawa/file/introduction.htm
TEL/FAX:0298589429
Email:shirasawa@a.tsukubatech.ac.jp
担当:白澤 麻弓(筑波技術短期大学障害者高等教育センター助手)
※PEPNetJapanは、日本財団の助成によるPENInternational(本部:アメリカロチェスター工科大学NTID内)の事業です。
来春の高卒・大卒で、早い人は夏休み前後に就職活動を始めているかもしれませんが、都内の近くにお住まいの方はいちど「就職講座」を受けられることをおすすめします。
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聴覚障害者のための就職講座 〜就職活動に向けて〜「募集期間延長しました!」
聴力障害者情報文化センターでは、これから就職しようと思っている、または現在就職活動を行っている聴覚障害者を応援する講座を開催します。就職活動を行うために知っておいたほうがいい知識や情報を身につけて、目指す仕事をつかみとりましょう!
*手話での講義となります。
*手話通訳とパソコン要約筆記がつきます。
日程:平成17年8月6日(土)午後1時30分〜3時30分
講師:野澤克哉氏(都立保健大学・東京学芸大学非常勤講師)
対象:18歳以上の聴覚障害者 25名(身体障害者手帳の有無は問いません)
*申込み多数の場合は抽選となります
会場:(社福)聴力障害者情報文化センター 8階研修室
受講料:無料
申込み方法 ファックスにて当センターへお申し込みください。
記載事項:就職講座希望と書き、
〒番号・住所・氏名(ふりがな)・FAX番号
締め切り 平成17年7月27日(水)
受講決定 受け付け完了後、当センターからファックスにて受付完了のお知らせをいたします。
締め切り日以降、受講の可否を郵送にてお知らせいたします。
問合せ 社会福祉法人聴力障害者情報文化センター
聴覚障害者情報提供施設
担当:相談・普及課
〒1600022 新宿区新宿1−23−1新宿マルネビル
TEL:03−3356−1609
FAX:03−3356−2389
Eメール:soudan@jyoubuncenter.or.jp
きょうは、障害者職業能力開発校からバス2台とワゴン車を連ねて、金沢市中心部にある「石川県若者しごと情報館」を見学に行きました。
よかったと思ったのは「職業適性診断」で、アンケートに回答した結果の適性診断をプリントアウトして、見ることができました。次に「職業疑似体験」で2人が並んで、耳にヘッドホンを付けるのですが、ヘッドホンにボリューム機能がないので、ヘッドホンに補聴器を付けて聞きました。
いろいろな職業をパソコンの映像で疑似体験をして、クイズ形式の問題解答もあって、なかなか面白かったのですが、あいにく時間の制約で、全部の職業を見ることができませんでした。
最後は、学習室のスクリーンに映し出された「ビデオ学習」で、障害者の雇用状況を見ました。最近の外食産業の拡張で、障害者が厨房で皿洗い、パン製造、倉庫の出荷などで働く映像を見ました。聴覚障害者が働く映像は残念ながら見れませんでした。
若者しごと情報館は全国各地にもあると思いますが、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
石川県若者しごと情報館
サヨナラの柴田農林だ!/高校野球
<高校野球宮城大会>◇9日目◇16日◇フルキャストスタジアム宮城ほか
3回戦で、柴田農林が延長10回サヨナラで泉松陵を5−4で下した。聴覚に障害のあるエース渡部康平(3年)が3試合連続完投と踏ん張り、29年ぶりの8強入りに王手をかけた。
ミラクル快進撃は止まらない。4−4で迎えた延長10回2死三塁。石川江里也一塁手(3年)の放った打球が左前に落ちると、喜びのナインが一斉にベンチを飛び出した。「ミスでエースを苦しめたので決めたかった。抜けてくれてよかった」と石川。6回に自らの失策絡みで同点とされていたが、それを帳消しにする仕事をやってのけた。
もう一人のヒーロー、渡部の奮闘が勝利を呼び込んだ。右耳の補聴器が雨に濡れる。2回裏に嵐のような豪雨に見舞われ試合は約54分間中断。「肩が冷えて制球が乱れたが疲れはなかった」と自慢のトルネード投法の勢いを加速。7安打を食らうも粘りの投球で相手打線を抑え込んだ。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
東北6県ニュース
附属ろう学校は今年の5月に創立130年記念式典を行いましたが、式典で生徒会長が述べた「喜びの言葉」を一部紹介します。
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一昨年、私達の学年は、文化祭で「聴こえない風」というテーマで、本校の歴史を含む聾教育の流れを調べたり、卒業生の方々や映画「四つの終止符」の監督の大原秋年さんにインタビューを行ったりして発表しました。その中で印象に残ったことがいくつかあります。
大原監督はインタビューの中で「聾唖者が苦労して日本語を覚える姿に感動を覚える。」とおっしゃいました。日本語を使いこなせるようになるまでは、私達自身も小さい頃苦しかったこともありますが、私達の両親や先生方も大変な努力や苦労をなさったはずです。大原監督の言葉で、改めてそのことに気がつきました。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
喜びの言葉
附属ろう学校の歴史については、「学校長の式辞」をご覧下さい。
学校長の式辞
第28回ろう・難聴教育研究大会のご案内
大会テーマ:手話を基盤とするろう教育PARTV
―異なる視点でろう・難聴児の「ことば」と「育ち」を考える―
主催 ろう・難聴教育研究会(旧TC研)
1 期日 2005年7月30日(土)
9時20分〜受付、18時00分〜(交流会)
7月31日(日)
9時00分〜受付〜17時00分終了
2 会場 小松川区民施設(小松川さくらホール)
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以下、くわしい情報は下のリンクで、PDFファイルをご覧下さい。
研究大会のご案内
きょうの午後8時30分から、NHK教育テレビ「ろうを生きる難聴を生きる」番組を見ました。以下は番組紹介からの引用です。
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16日(土)夜・17日(日)朝
23日(土)夜・24日(日)朝 海からもらった勇気
〜海洋写真家・井上慎也さん〜
沖縄県座間味島に住む井上慎也さん(34歳)は難聴の海洋写真家。普通校に通ったため学校生活にとけ込めなかった日常が、琉球大学のダイビングクラブに入部して以来一変する。海の中では手話が使えるため障害がまったくハンデにならないため、ダイビングの魅力の虜となる。井上さんの海にとけ込んだ日常、海洋写真の数々を紹介しながら海への思いを語ってもらう。
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番組のなかで
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海のことをダイビングのことを教えてもらおうとして質問したら、こっちがすごく知りたいと思って聞いているので、先輩も筆談とかで熱心に教えてくれるから、やっぱりこっちが熱意を持って言ったら、相手も僕が障害があっても親切にしてくれるというのがわかってきて、ああ!こういうふうにやっていったら、人はどんな風にでも自分の好きなように生きていけるんだなって、
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というコメント(字幕)がよかったでした。どんな障害を持っていても、前向きな努力をすれば、相手が親切になる、援助してくれる人が現れてくる、この法則がわかれば人生が楽しくなります。
人間はだれでもコンプレックス(劣等感)を持っています。顔・身長・容姿・体重・学歴・田舎・貧乏などのコンプレックスをあげると、思い当たらない人はいないと思います。
しかし、このコンプレックスをバネにして「何くそ、必ずやってみせる」と発奮して、ビジネス・学問・文化・スポーツなどの分野で成功を収めた人も数多くいます。また、努力してお金をかけて、コンプレックスを解消した人もいます。
ろう者たちはいつも仲間と手話で楽しそうに話しているので、明るく振る舞っていますが、日本語が不得手な人ほど、日本語コンプレックスを強く持っています。しかも、それは死ぬまで解消されることなく続きます。うっかり「日本語がおかしい」とバカにした態度をとると、いたく心を傷つけられて恨まれます。
ろう者とつきあうときは、その人が持っている長所だけをほめて、おだてて、頭をさげておいたほうがうまくいきます。ろう者に限らず、人間は自分を認めてくれた人に心を開きます。そのあとで、その人の短所を少しづつ教えて直してあげたほうが、角が立たないで感謝されます。
ろう者社会で少し能力があるつもりの私でも、学歴コンプレックスを持っています。転職するたびに、履歴書に「ろう学校高等部卒業」と書きますが、40代に入ったころから書くことにすごく抵抗を感じるようになりました。昔のことでしかたがなかったと思っても、インテグレーションや附属ろう学校を出て普通の大学を卒業した人がめっきり多くなると、学歴コンプレックスをいっそう強く感じます。
この学歴コンプレックスを癒すためにはどうすればいいか、方法はひとつしかありません。それは大卒の相手にライバル意識を持ち、実力で負かすことです。実力で負かしてしまえば「大学を出ているのに、こんなこともわからんのか、たいしたことない」と、相手に胸をはって言えるばかりでなく、周囲に認められて存在感が大きくなって、楽しい気分になります。
■人生の予想もしない事態に目の前が真っ暗に
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と日本が言われたころの1982年、世界のファスナー市場で驚異的な力を誇るYKKグループのUSA社、シアトル支店長(当時)だった江口敬一氏は、海外生活6年目にして第二子に恵まれた。
米国の生活にも慣れ、若くして支社長を任され、人生でもっとも充実する頃であるはずだった。第二子は、ごく普通に生まれた。安産だった。しかしその1週間後、事態は一転する。担当医師から、その子が「ダウン症」であることを告げられたのである。
(中略)
人生の予想もしない事態に対して当方にくれていた江口夫妻に、担当の医師はこう言った。「あなた方は、障害のある子供を立派に育てられる資格と力のあることを神様が知っておられ、お選びになったご夫婦です。どうぞ愛情深く育ててあげてください」と。
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日経ビジネス
★障害児はどういうわけか、ある一定の割合で世界各地で生まれています。日本では障害児が生まれると、医師から「お気の毒ですが」と同情されることが多いですが、アメリカで「神様に選ばれた」と前向きに考えることは、キリスト教で信心深い国柄とはいえ、すごいことだと思います。
ふだんはおとなしくて「いい子」だった子どもが、ちょっとしたことで突然キレるという問題がマスコミをにぎわしています。これは、ストレスや欲求不満に対する抵抗力が弱いためで、この抵抗力のことを、ローゼンツワイクという学者が「フラストレーション・トレランス」(欲求不満耐性)と呼んでいます。
平たくいえば「じっと我慢する力」が弱く、幼児期から甘やかされて育った「いい子」ほど、突然キレやすいといえそうです。特にインテグレーションでストレスをためている難聴の子どもが、家庭で突然キレることが多くなりやすいので、注意しなくてはなりません。
「じっと我慢する力」をつけると同時に、たまったストレスを発散する機会(スポーツ・趣味・帰属集団)を与えることも大切です。
「フラストレーション・トレランス」について、メンタルヘルス協会の心理カウンセラーを務める、衛藤信之先生のコメントを一部紹介します。
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子供時代は、ケンカしたり、自分の思う通りにならない経験を通して現実を知り。そしてフラストレーション・トレランス(欲求不満に耐える能力)を身に付けるのです。それの限界を感じると事態の打開のために子供は自分から努力をはじめます。その努力するスイッチのポイントは子供によって年齢はまちまちです。そのやる気のスイッチを親が入れることはできません。ただ、あきらめないで子供を信じてあげることです。
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えとうのひとりごと
ストレス(ジョッキ) 2005-07-14 11:45:29
私はストレス溜まっていた時は、恥ずかしながら家電を2回か壊したことがあったものです。もう自慢事ではないですが、あの頃を思えば、ぶつけるどころがなかったのです。でも、耳が悪いからとかインテグレーションという環境が一番の問題ではなく、結局、衛藤信之先生のコメントどおり、自分自身にあるのだと思っています。まだ未熟だったのだなと思います。ストレス溜まっていて人間関係などなかなか思い通りにならない、暗黒のような感じもしますが、そういう経験をしなければ自立への一歩を味わえなかったかもしれなかったかなと思います。聞いたことなんですが、前進すればするほど苦しみが伴うそうです。まだ人生は長くないですが、まさにそうなのかなと思ったりします。だから、インテグレーションは暗かったとかあれこれ問題にする人でもそういう見方を認識してもいいじゃないでしょうか。
親はちょっかい出さずに本人を静かに見守ってあげて下さい。ストレスは人によって大きさは違ったりしますが、固定観念に囚われてしまったり、孤独感を増してしまうものですから、それらを軽くするようにギャクとかお笑いしてあげるのも良いと思います(笑)
自立への苦しみ(孫悟空) 2005-07-14 22:47:44
そうなんですね。人間は自分でストレスの苦しみを乗り越えて、自立するものだと思います。
増田の佐藤和、難聴もケガも乗り越えた
<目指せ甲子園丸ごと秋田>
秋田大会(16日開幕)では、増田の佐藤和仁二塁手(3年)が難聴のハンディを乗り越えてレギュラーの座をつかんだ。先天的な障害により補聴器を付けてプレー。中学時代までは補欠だったが、度重なるケガを乗り越えて、今春から先発メンバー入りした。高校生活最後の夏に、全力プレーでまずは初戦突破を目指す。
佐藤和が補聴器を付けたのは1歳半の時から。生まれつき、聴力に障害があった。それでもテレビでプロ野球を見て「自分もやってみたいと思った」。補聴器を付ければ、友達との会話や授業などの日常生活は通常通りにこなす。小学4年から野球を始め「最初はボールが怖かったけど、声が聞こえなくても周りを見て口や目で判断すれば大丈夫」。同じポジションの巨人仁志にあこがれて、9年間野球に打ち込んできた。
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日刊スポーツ
集団生活(家庭・学校・会社・地域)には、言葉のコミュニケーションがつきものですが、必ずしも言葉だけで成り立っているとは限りません。相手が言葉に出して言わなくても、「心を読む」ことが求められる場合もあります。
私が30代後半になったころ、何も相手の言葉が耳に聞こえなくても、相手の「心を読む」ことができればいいのではないかと思って、本屋へ行って心理学の本を読みあさりました。心理学は難しそうですが、なかなか面白いことが書かれてありました。難しい理論で頭を痛めるよりも、相手と同じ体験をすれば、相手の「心を読む」ことは難しくありません。
前にも書きましたが、ろう・難聴児(者)の心理がなかなか理解されないのは、聴者(両親・家族・先生)が同じ「聞こえない・聞こえにくい世界」を体験できないことが大きな原因です。また逆にろう児(者)は「聞こえる世界」を体験できないので、「聞こえの価値」がなかなか理解できません。ろう文化イデオロギーが特に人工内耳に強く反対するのは「聞こえの価値」が理解できないで、ろう文化コミュニティが失われることを恐れるからです。
難聴者は軽度難聴・補聴器・人工内耳で、ある程度「聞こえの価値」を理解しているので、「もっと聞こえるようになりたい」という気持ちを潜在的に持っています。
それから、男性は女性と同じ体験ができないので、女性の心理がなかなか理解できません。女性どうしのおしゃべりは盛んでも、男性の前ではあまり言葉を話さないので、いっそう困難をきわめます。長いつきあい(交際・結婚・集団)の積み重ねで、少しづつ理解していくしかありません。
女性は「言葉に出して言わなくても理解してくれる・気配りができる」人を求める傾向があるので、いちど女性の心理を理解するコツがつかめば、それこそ「右から左」で多くの女性と楽しく話すことも難しくありません。
さて、相手の「心を読む」コツが体得できれば、言葉にこだわらなくても、相手がどんなことを思い、望んでいるかを読み取って、気配りができるので、「よく気がつく」と相手や周囲に喜ばれ感謝されます。これは不思議な「超能力」でも何でもなく、だれでも素直な気持ちになって、多くの経験を積んで、カンを磨いて、相手を思いやる気持ちを持ち続ければ、自然に体得できます。
昔のろう学校全盛時代は、生徒の人数が多いので、それなりに社会性が育ったと思いますが、手話という日本語と異なる言語を使うため、スポーツ以外に地域学校と交流する機会がほとんどないので、ろう学校の外にいる人から見れば「閉鎖的な世界」と思われています。
ろう学校の集団生活でそれなりの社会性が育ったといっても、それは手話でコミュニケーションしていただけですから、ろう学校を卒業して社会に出れば、当然ながら手話が使えません。口話がよくできると先生からほめられていても、発音が不明瞭であったり、補聴器を使っても聞こえが不十分であったり、また日本語の読み書きが不十分であったりして、他人とコミュニケーションがうまくいかないで、よく「子どもっぽくて常識がない」といわれて、イジメられることもありました。
ろう学校にいる時は、つきあう年齢範囲が先輩と後輩の上下を含めて、だいたい6年とせまいですが、社会に出ると仕事でつきあう相手の年齢範囲がいっぺんに広がります。自分と年齢が近い相手なら、ろう学校で使った手話を日本語(口話・筆談)におきかえて話すことは何とかできても、年齢が離れた相手・上司に対して、どういう言葉を使ったらいいのか、わからなくて悩むことがたくさんありました。
口話に自信があった私でも、話す言葉のどこがいけなかったのか、上司や年長者たちがおかしそうに笑うのを見て、みじめな思いをよくしました。「こういう時は、こういう言い方をする」と親切に教えてくれる人はほんの数えるほどで、ほとんどの人が「常識を知らない」と笑って、軽蔑のまなざしを向けます。
言葉が聞こえないから、場面に合った正しい言葉の使い方がわからないのは当たり前で、身近に教えてくれる人がいなければどうするのか、家で両親や兄弟に、ろうあ協会で先輩にそれぞれ聞いて教えてもらいます。それでも足りない場合は、本屋のビジネスコーナーに行って、参考になりそうな本を探します。マンガ・コミックの本は、場面に合った言葉のやりとりが一目でわかるので効果的です。こうして正しい言葉の使い方をおぼえて、30代に入ってから少しは一人前の社会人と認められるようになったかなと思います。
今は聞こえる人でも就職が厳しい時代ですが、面接で言葉がいい人は採用が早く決まり、社内でも昇進が早くなる傾向があります。言葉がいい人は人間関係が良好で、集団活動の原動力(リーダー)になりやすく、また対外の営業活動でも良い結果を出すので、企業にとって貴重な人材というわけです。
また店でも、言葉がいい店員がいると、千客万来で商売が繁盛します。とくに若い女の子は言葉と雰囲気に敏感なので、女の子がよく入る店は繁盛すると思って間違いありません。
「社会性がある」というのは、集団活動の経験があるだけでは不十分で、「いい言葉を使う」ことで判断されると思います。
聴覚障害(ろう・難聴)を持つ子どもは、よく「社会性がない」といわれています。そして、その原因は「言葉のコミュニケーションがとれない、幼児期から集団活動の経験が少ない」ことにあるといわれています。
「社会性」とは何か、国語辞書によると「集団をつくり他人とかかわって生活しようとする、人間の本能的性質・傾向。社交性」とあります。子どもの社会性を育てるためには、まず言葉のコミュニケーションを確立し、幼児期から集団活動の経験を多くさせることだといえます。
しかし、最近は少子化社会の進行で、ろう学校に通う子どもが同クラスで数えるほどしかいなく、これで果たして集団活動といえるのか、社会性が育つのかどうか心配になってきています。また家庭でも「ひとりっ子」の場合は、近所や保育所などで積極的に遊び友達をつくる努力をしていかなくてはなりません。
ろう学校で集団活動のコミュニケーション手段として、口話よりも手話のほうが有効であることはだれの目にもあきらかですが、やっかいなことに子ども集団の手話は意味がわかれば何でもいいので、いつのまにか日本語の概念とかけ離れてしまって、日本語教育で大きな課題を残してしまいます。
小学部に上がれば、いやおうなしに集団活動をさせられる機会が増えますから、どんな条件(補聴器・人工内耳・全ろう)の子どもでも、自然に集団コミュニケーションとしての手話を使うようになります。
さて、集団活動の経験が多いほど、自然に社会性が育つのかというと、そうでもなく、ろう学校を卒業して実社会に入っても、トラブルを起こして転職を繰り返す人もいます。子ども集団は少人数であるほど「腕力・実力」がものをいうので、そういう自分本位の子どもが実社会で痛い目に合って苦労します。
昔、私がいたろう学校は子ども・生徒の人数が多く、「腕力・実力」がある子ども・生徒もかなりいました。ケンカすれば自分も痛い目に合うので、我慢したり、相手とうまく協調していこうとする、バランス感覚がありました。また運動部や生徒会の活動などで、先生や仲間から教えてもらって、だいぶ社会性を身につけたと思います。
インテグレーション(地域学校)で、言葉が通じないために、集団活動に入っていけない子どもは、ますます孤立・ひきこもりの傾向が強くなって、社会性が育たない事例がたくさん報告されています。インテグレーションで成功している子どもは、ほとんどがスポーツが得意で、集団活動のルールをおぼえて、社会性が育ったものと思われます。
実社会(職場・地域・親族)に出ると、言葉が通じない不利な場面が多くなりますが、身近に「やらなくてはならないこと・やってはいけないこと」のルールを教えてくれる人がいれば、トラブルのない快適な社会生活を送ることができます。教えてくれた人は「心の恩人」とありがたく思って、一生忘れません。
【高校野球】東北のサイレントK 柴田農林・渡部夏1勝
宮城大会(7日、フルスタ宮城)東北6県の先陣を切って宮城県大会がフルスタ宮城で開幕し、1回戦2試合が行われた。柴田農林は延長十一回の末、涌谷に4−3のサヨナラ勝ち。生まれつき右耳が難聴のエース右腕・渡部康平投手(3年)が六回からの6イニングを1安打1失点&3奪三振。小学4年時に高校野球に憧れ、ろう学校から一般学校に転校。ハンディを克服し、夏初勝利を飾った。メモリアルとなる開幕ゲームは東北学院が南郷を12−0の五回コールドで下した。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
SANSPO.COM
インターネットの普及や各種の教育研究会が活発に開催されて、情報量が飛躍的に増大したおかげで、聴覚障害(ろう・難聴)児に必要なものは、日本語(口話・聴能・読み書き)ばかりでなく、手話による仲間・帰属集団も欠かせないことが広く認識されつつあります。
子どもが口話教育で言葉がしやべるようになると、親はつい「聞こえる子どもと同じになった」と錯覚してしまいそうですが、聞こえも口話も不完全なままで聞こえる集団の中に入っていけるはずがなく、孤立したまま自己を表現する機会がなければ、メンタル面で問題が起きることは、臨床心理士らの報告であきらかになっています。
九州保健福祉大学の上農正剛講師が著した「たったひとりのクレオール」の本を読んで、不安になった親たちがこぞって子どもをろう学校へ転入させたという情報も聞いております。
たしかに、ろう学校は子どもにとって「居心地のいい天国」ですが、全て良しというわけでなく、依然として日本語教育・学力レベルで多くの課題があります。
少し前までは、ろう学校とインテグレーションは別々のコースであって、お互いにつながりを持っていなかったのですが、今ではろう学校やフリースクールで、インテグレーションに行っている子どもが定期的に集まって「仲間づくり」をすすめるところが増えてきました。
この「仲間づくり」のねらいは、手話コミュニケーションによる集団活動で「自分と同じ仲間がいる、自分の意見が言える、自分が主役になれる、わからないことは教えてもらう」などの心理的安心感と経験を積み重ねることによって、帰属集団の意識を高め、自己のアイデンティティを確立し、将来の就職に必要な社会性を育てることにあります。
すでにインテグレーションに行っている子どもで、身近にこうした集団活動の機会がない場合は、中学校を出たら附属ろう学校・近県でレベルの高いろう学校へ行く方法があります。また地元の高校を出たら、近く4年制になる筑波技術大学聴覚部に行くこともおすすめします。最近は入学希望者が増えて、年々倍率が高くなっているので、いっそうの努力が必要なことはいうまでもありません。
今までは、附属ろう学校出身のエリートがろう者社会をリードしていましたが、今後は筑波技術大学などの大卒エリートが台頭してくることは間違いないようです。
別掲にある、ジョッキさんのコメントについて、
>思春期は時には素直じゃなくなったりするものです。親の言う事を聞かなくなったりなかなか難しいことです。
★私にも覚えがありますが、思春期というのは、親ばなれしたい年頃で、親や他人の言う事を聞かないで、素直になれないものだと思います。しかし、あちこちで壁にぶつかって、すごく悩むことが多くなります。それでも親や他人に頼らないで、何とか自分の意思で解決したいと思うので、どこかで「先人の教え」にめぐり合って、自分で立ち直って、それで生きる自信を積み重ねていくものだと思います。
>インテグレーションしていると、かなり独りぼっちの状態で、なかなか「先人の教え」を得られないのでしょうか。確かに、障害関係なく基本的には変わらないと思いますが、かなり精神を張り詰めると思います。
★インテグレーションで独りぼっちの状態というのは、聞こえる人(先生・親兄弟)はもちろん、ずっとろう学校で育った人にも体験できないことですから、他人に理解してもらうことはすごく難しいことだと思います。同じ体験・痛みがわかる仲間と先輩から教えてもらうことで、少しは心の癒しになるでしょう。
>素直になって皆になにか喜ぶような事をしてあげる事は別の視野から見れば理想ですが、たまに愚痴を吐かせる場がないと難しいと思います。そうでないと、どこか表層的で人間らしくない。自己防衛・自分の殻・自分の都合になりがちになってしまいます。
★「愚痴を吐かせる場」というのは、同じ仲間・帰属集団しかないと思いますが、ただ愚痴を言い合っても進歩がありませんから、前向きで的確なアドバイスができる先輩が必要だと思います。
もし身近に教えてくれる先輩がいなくても、本屋に行けば「先人の教え」がいくらでもあります。「聞こえないから、孤独だから苦しい」と思うのでなく、「未熟だから、苦しいのだ」と思えば、素直な気持ちになって、自ずと道が開けてくるのではないかと思います。私はいつも「先人の教え」を求めて、本屋を渡り歩いています。
先の長谷川先生のインタビューで
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自分なりに友達の輪の中に入ろうとしても、話が分からなくて聞き返したりすると、楽しく話していた雰囲気が壊れてしまい、お互いに気まずくなってしまう。何度かそういう経験をすると、仲間の中に入ること自体を諦めて、むしろ一人でいた方が楽、と自己防衛してしまうんです。
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とありましたが、聞こえる友達の輪の中に入ることは、口話ができる私でもできることではありません。むしろ「聞こえないのだから、輪の中に入れなくて当たり前」とあっさり割り切ることで、苦しい思いをしなくてすみます。
私が印刷会社に勤めていたころは、飲み会によく参加していましたが、私は輪の中に入ることなく、黙って飲んで食べて、おとなしくしていることが多かったでした。たまたま隣に親しい人がいると少しだけ話をしますが、1時間ぐらいして、その人に「そろそろ帰る、ありがとう」と礼をいって中座します。
それから
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何とか自分を理解してくれる親友ができて、この時期を乗り越えた学生もいます。
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についても、「棚からボタモチ」で親友ができるわけではないので、自分から親友をつくる・呼び込む努力をしなくてはなりません。いつも「自分を理解してくれない」と愚痴・不満をいっていると、顔や態度が「ネクラ」になるので、だれも寄りつかなくなって、親友がなかなかできません。
甘えの気持ちを捨てて、素直な気持ちで「みんなのために何ができるか、どうすれば喜んでもらえるか」と前向きに考えて、ニコニコと明るく振る舞うようにすれば、どこからか親切な人・親友になる人が現れて、快適な集団生活が送れるようになります。
私が今通っている、障害者職業能力開発校でも、先生もクラス生も親切で、朝礼で手話通訳をしてくれる人もいて、まさに快適な集団生活そのものです。また私の妻は全く聞こえない・口話ができない・日本語がわからないという、完全なろうあ者でありながら性格がいいらしく、どこの職場に行っても親切な人に恵まれていました。
こういう「人間関係と集団生活の智恵」は、やはり「先人の教え」によって得られるもので、自己防衛・自分の殻・自分の都合ではいつになっても得られません。
素直な気持ち(ジョッキ) 2005-07-04 23:51:32
思春期は時には素直じゃなくなったりするものです。親の言う事を聞かなくなったりなかなか難しいことです。インテグレーションしていると、かなり独りぼっちの状態で、なかなか「先人の教え」を得られないのでしょうか。確かに、障害関係なく基本的には変わらないと思いますが、かなり精神を張り詰めると思います。
自分もかつてそうでした。甘えがいけなかったですね。いつも「自分を理解してくれない」と不満ばかりで、確かに「ネクラ」はありましたねぇ。相変わらず引きずっています。ああ、同窓会でも皆に会って素直な気持ちを打ち明けてお詫びしたい。皆に迷惑をかけたのですから。
素直になって皆になにか喜ぶような事をしてあげる事は別の視野から見れば理想ですが、たまに愚痴を吐かせる場がないと難しいと思います。そうでないと、どこか表層的で人間らしくない。自己防衛・自分の殻・自分の都合になりがちになってしまいます。
皆になにかしてあげるのも、自分のためで行動するならいいけれど、まずは自信に繋がるという意識を持つ必要はあると思いますね。
そうならば帰属集団が必要じゃないか。。
もっと早くこのような孫悟空さんの書き込み『人間関係と集団生活の智恵』に出会えば、先人の教えとして受け止めたかもなあ。
少し前に紹介しましたが、この3月に筑波技術短期大学を定年退官した、元助教授の長谷川洋先生が、きょう届いた全難聴の機関紙「難聴者の明日」の<直撃インタビュー>に登場しています。以下、その一部を紹介します。
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技短では、ろう学校から来る学生と一般校から来る学生がほぼ同数です。ろう学校から来る学生は、人間関係を作っていく面では、あまり問題はありません。ただ、一般校から進学してきた学生が、大変な状態にあったということも、併せて感じました。
一般校から来た学生は、手話ができませんが、寮生活をしているので、大半の学生は3ヶ月くらいで基本的な日常会話の手話は身につけ、学生同士のコミュニケーションは問題なくなります。特に初めの頃は、全国各地から学生が集まっているので、夜を徹しておしやべりに花を咲かせたり(笑)。
一般校からの学生の多くは、こうして技短の生活に馴染んでいきますが、そうでない学生もいます。
中学・高校というと思春期ですね。一番人間関係に敏感な時期ですが、かなり厳しい状況の中で過ごしてきた学生がいます。何とか自分を理解してくれる親友ができて、この時期を乗り越えた学生もいます。しかし、誰でもそうとは限りません。自分なりに友達の輪の中に入ろうとしても、話が分からなくて聞き返したりすると、楽しく話していた雰囲気が壊れてしまい、お互いに気まずくなってしまう。何度かそういう経験をすると、仲間の中に入ること自体を諦めて、むしろ一人でいた方が楽、と自己防衛してしまうんです。
このように、友人関係がうまくいかないまま、思春期を過ごすというのは、人間にとってかなり過酷なことですね。
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全文を紹介できないのは残念ですが、興味がある方は全難聴のホームページをご覧のうえ、「難聴者の明日」の購読を申し込んで下さい。
別掲のコメントにあるように、早期から聴覚口話法で進めてきても、どうしてもうまくいかない子、「日本語の草」が育たない子が出てくることは事実です。
私がろう学校にいたころに、聴覚口話法で「日本語の草」が育たなかった子どもが大勢いましたが、当時は早期の指導・幼稚部がなかった時代だったので、小学部から始めた聴覚口話法の教育は困難をきわめていました。それでも教育に熱心な親を持つ少数の子どもだけが着実に「日本語の草」を伸ばしていました。
早期の指導・幼稚部が始まると、熱心な親ほど早く聴覚口話法の教育を忠実に受けるので、「日本語の草」が育って、地域学校にインテグレーションする子どもの数が増えていきました。おくれて小学部から入学した子どもでも、熱心な親のおかげで「日本語の草」が育った事例がたくさんありました。
私は今までに、聴覚口話法で成功した・成功しなかった事例をたくさん集めて、本人や親に直接会って取材していましたが、早期から聴覚口話法で進めてきても、どうしてもうまくいかない子どもの原因は、95%親にあると思っています。「母語」という言葉があるように、子どもと接する機会が多い母親は、「日本語の草」を育てる責任があります。
母親も共働きで「ろう学校の先生が子どもに言葉を教える」とまかせきりにしている、子どもが家庭にいても何も言葉を教えていない−という放任家庭では、いくら熱心で良心的な先生でも聴覚口話教育の成果を出すことはできません。「子どもに言葉を教えるのは、親の責任です」とはっきり言う学校もあります。
親も学校も熱心にやったが、教育の効果が出てこない子どもはごくまれにいます。昔はだいたい10人に1人の割合でいましたが、聴覚障害の他に知的障害などの「重複障害」を持っているもので、最近になって増えているようです。
あきらかに口話教育の効果が期待できない場合はどうするか、口話をあきらめて手話でコミをとって教育することもやむを得ないと思います。
こういう子どもは、子ども集団の手話についていくのがやっとで、義務教育の中学部を卒業したあとは、就職できないまま親といっしょに生活します。同窓会やろう協会に参加するのはいいほうで、全くの音信不通で情緒障害を起こした気の毒なろう者もいます。
ありがとうございました(田舎教師) 2005-07-03 21:32:11
ありがとうございました。よく分かりました。
やはり親の力というのは大切ですね。
今は、親が変わりつつあって、子どものために自分の生活を犠牲にしたくない、生き方を変えたくないと思う方が増えてきているようです。
そしてそれが早期からの手話使用につながっているのかもしれませんね。
手話の方が、「楽」で、負担も少なく簡単だということは明確ですから。
先の説明でわかるように、多くのろう児・ろう者が正しい日本語を習得できない原因は、先に手話が母語になって、日本語が外国語の扱いになり、手話で日本語を教えるほど、かえって手話と日本語が大脳(左脳)の同じ場所で反応(混同)してしまうからです。
大脳にある言語脳を畑に例えると、先に「手話のタネ」を蒔くと、コミュニケーションの効果が高いので、アッという間に畑が「手話の草」でいっぱいになります。
そして、あとで「日本語のタネ」を植えつけても、同じ場所にある「手話の草」に養分を吸い取られて、なかなか「日本語の草」が育ちません。しかも、畑の土がだんだん固くなっていくので、ますます「日本語の草」を大きく伸ばすことができません。
手話と日本語のバイリンガルを実現するためには、それぞれ畑の離れた場所に植えることが条件ですが、同時進行はほとんど不可能ですから、「日本語のタネ」を先に畑に蒔いたほうが確実に「日本語の草」が育ちます。そのあとで集団のコミュニケーションに「手話のタネ」を蒔いてからでもおそくはありません。
日本語の草・手話の草(田舎教師) 2005-07-02 10:53:48
非常に明解でわかりやすい説明で驚きました。
いくつか質問をさせてください。
Q1
「集団のコミュニケーションに手話の種をまく」その時期は、いったいいつぐらいが適当なのでしょうか? あるいは、子どもたちの状態がどのくらいになった時が?
Q2
早期から聴覚口話で進めてきても、どうしてもうまくいかない子、「日本語の草」が育たない子がでてきます。
(これは、指導者側の力量のなさも確かにありますが、時として、「日本語の草」が育ちにくい性質の子どもがいるようにも感じます・・・)。
そういった場合、どこまで「日本語の草」を育てることにこだわればよいのでしょか。「手話の草」を育てる方向に思い切って切り替えていくべきなのでしょうか。
回答(孫悟空) 2005-07-02 21:58:25
A1.大脳に日本語の概念が定着するのは、6歳ごろといわれていますし、また子どもたちも口話で話しても通じない相手には、手を動かしてコミをとろうとする働きが自然に出てきます。
小学部3年あたりから、手話のタネをまいてよろしいでしょう。
A2.早期から聴覚口話で進めてきても、どうしてもうまくいかない子どもの原因は、95%親にあります。「母語」という言葉があるように、子どもと接する機会が多い母親は、「日本語の草」を育てる責任があります。
あとの5%は、学校の先生が親に「日本語の草」の育て方を教えることです。