先日、テレビで「偉人の子供たちの波乱万丈人生列伝!」という番組を見ました。特に興味をもったのは、難聴で世界的な発明家のエジソンでした。エジソンに息子がいましたが、エジソンは息子に発明の才能がないことを見抜いていました。
エジソンの「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」という言葉はあまりにも有名ですが、努力しない息子を見て、そう断定したのでしょう。「自分も何かすごい発明をしたい」と思っている人は多いですが、ほとんどは単なる思いつきの程度で、実際に試作・実験を十分やらないで、失敗してしまいます。
天才発明家のエジソンも、試作・実験で数えきれないほどの失敗をしていますが、失敗と思わないで原因を考えて「また勉強になった」と前向きになるところが、エジソンの偉大さです。
ろう教育においても、「手話で日本語を教えればいいのではないか」と意見をいう人は多いですが、そのほとんどは単なる思いつきで、実際に自分の手で教えた経験と実績を積み重ねた人がいません。
私自身も、ろう学校の高等部にいたころに、級友に授業の内容を手話で教えた経験をたくさんもっていますが、内容を手話で理解できても、日本語で理解することにつながりません。授業の内容は日本語で書かれていますから、日本語で理解できないと、試験の問題(日本語)で落ちてしまうので、学力の向上になりません。
最近は、ろう児・難聴児の学習塾・フリースクールが増えているようですが、いつも集まっては遊んでばかりなので、期待していた学力が上がらないで、通うことをやめさせた家庭もたくさんあるようです。子どもの学力を伸ばしたいなら、集団よりも家庭で個人指導(家庭教師)を受けたほうが確実です。そして、ろう学校のようなレベルの低い集団よりも、インテでレベルの高い集団のなかで、ライバルに負けないで努力することが、将来できっと役に立ちます。
4月7日に障害者職業能力開発校に入校してから、ちょうど3週間たちましたが、明日29日からゴールデンウィークで8日まで連休になります。
開発校(訓練校)の「居心地」は、ろう学校を100%すると、開発校は障害者対象ということもあって、90%ぐらいです。残り10%の不満といえば、手話通訳と要約筆記がつかないことはしかたがないとして、今までに補聴器を使う難聴者が多いことを考えると、磁気ループがあればよかったのではないかと思いました。
ほかの障害者は、みんな穏やかな顔で楽しそうに談笑していたので、開発校は障害者にとって「居心地」がいいところに違いありません。一般の企業・会社によくある「緊張感」が少しもありません。みんなのんびりと暮らしています。
さて、私が属している「電子機器科」の授業は、午前中が教科学習で、午後はハンダ付け・製図・パソコンの実習でした。教科学習は、教科書とテキストが揃っているので、教官の話が多少聞きにくくても、学習の内容を理解できました。
インテグレーションでよく「聞こえないから、学力がつかない・成績が悪い」といわれていますが、言葉が聞こえる人でも成績が悪い人もいますから、「聞こえない」ことは言い訳であって、意欲(やる気)と頭の使い方次第であると思います。
実習のパソコンは、表計算のエクセルでしたが、データの入力と表の作成はもちろん、グラフの作成や関数の使い方も、次々と課題をこなして、クラス生8人のうちで上位に立っていると自負しています。ハンダ付けと製図も若いときの経験を生かして無難にこなしています。クラス生とのコミュニケーションについては、まだ不慣れな部分もあることはしかたがないので、気にしておりません。
入校して数日したら、手話サークルに熱心に通っている女性職員の2人と手話で話したり、行事の説明で手話通訳をやってくれました。手話の腕前はなかなかで、シビアに見ても初級と中級の間ぐらいでした。
まったく同感です(ずっきん) 04/29 23:34:47
インテグレーションでよく「聞こえないから、学力がつかない・成績が悪い」といわれていますが、言葉が聞こえる人でも成績が悪い人もいますから、「聞こえない」ことは言い訳であって、意欲(やる気)と頭の使い方次第であると思います。
これって、私も支持いたします。
一番いけないのは・・・
「つらいからやめる」
「めんどうだから続かない」
「聞こえないのだから仕方がない」
この3つを安易に使うことだと思います。
要は、「甘え」なのでしょうね。
私の経験上ですが「だってしょうがないじゃない」風の男性が増えてきたことも、憂慮していることのひとつです。
甘えといえば(孫悟空) 04/30 00:04:13
ずっきんさん、毎度のコメントをありがとうございます。
「甘え」といえば、最近の若い人に増えているように感じます。
難聴者もろう者も含めて障害者は社会的理解と援助が必要と
いわれていますが、「援助されるのが当たり前」と思って、
かえって甘える風潮を育ててしまっているのではないかと
心配します。
「理解と援助」をあてにしないで、地道に努力する障害者に
拍手を送りたいと思います。
また、「理解と援助」を受けても、当たり前と思わないで
「有り難いこと」と感謝する気持ちを忘れてはならないと
思いますね。
必殺仕事人、石井
シビれたぜ!!シーツ斬り
ボリュームをいつもより落とした補聴器の中からでも、甲子園独特の地鳴りのような声援は、十分に感じることができた。2死満塁。差はわずかに1点。マウンドの石井裕也投手(23)が迎えた打者はシーツ。
その瞬間、クールで鳴らす“サイレントK”が、自分を見失いそうになるほど緊張した。投げたのは128キロのスライダー。ど真ん中。しかしこれが勢いというもの。トラの3番打者を遊ゴロに打ち取り、この試合最大のヤマ場を中日は切り抜けた。
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東京中日スポーツ
私が住む金沢は、プロ野球のテレビ中継はほとんど巨人戦中心なので、巨人−中日戦になると欠かさず見ています。石井投手は今や中継ぎのエースとして、落合監督に信頼されるほど登板の機会が増えています。名だたる強打者を三振にうちとった瞬間がすごくカッコよかったでした。
筑波技術短期大学の大沼直紀学長の式辞を以下に紹介します。
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平成16年度卒業式 式辞
本日、厳しい本学の履修要件を満たし、職業自立できる専門的な能力を身につけ卒業の日を迎えられた、皆さん一人一人の努力に敬意を表し、 新しい門出を祝福します。
【4年制大学化について】
今年の10月1日に、本学は4年制大学として新しい出発をすることになりました。
現在87ある4年制の国立大学の中に聴覚障害者と視覚障害者のための国立大学が加わることは、 我国の障害者にとっての教育バリアフリーを更に進展させるうえで、大きな影響を与えるものです。
本日、皆さんが卒業することで、筑波技術短期大学の卒業生の数は1000名を越えました。
今後、「筑波技術大学」という新しい名前の大学になっても、皆さんの母校はここにあるのだということを忘れないでください。 同窓会活動も引き継いで発展させてください。できれば聴覚部と視覚部の卒業生が一緒になった同窓会が生まれないものでしょうか。
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平成16年度筑波技術短期大学卒業式 学長式辞
平塚ろう学校、健闘
県高校軟式野球春季大会(県高野連主催)は24日、武相高グラウンドなどで1回戦1試合と2回戦3試合が行われた。昨秋の関東大会覇者の栄光学園などが3回戦に駒を進めた。
2回戦には県立平塚ろう学校が出場した。正式な部員は7人だが、卓球部員2人に応援を頼むなどして、何とか試合にこぎ着けた。昨夏以来の公式戦。10人の選手は手話を交えながら、昨秋の関東大会で優勝した栄光学園相手に、はつらつとしたプレーを見せた。
0―7で迎えた7回2死二塁。ベンチの選手らは、打席の高山和也君(2年)に向かって、両ひじを張って手を胸の高さから下に下げるしぐさを見せた。あと1死でコールド負けが決まる場面。「落ち着いて」という意味の手話だった。
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asahi.com マイタウン神奈川
聴覚障害の2人に授業を要約筆記 学友が「耳」代わり
【名護】今春、名桜大学に聴覚障害のハンディを持ちながらも教師を目指す2人の学生が編入学し、学友16人が講義の内容を手書きし伝えるノートテイク(要約筆記通訳)で、勉学を支えている。同大への聴覚障害者の入学は初めてで、ノートテイクのためのパソコンを用意して受講を支援している。県内の大学でパソコンを使った要約筆記通訳は初めての試み。
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沖縄の最新ローカルニュース
通級指導教室を増設
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難聴小中学生の学校生活助けます
比較的軽度の難聴の小中学生を対象にした難聴通級指導教室が今年度、県立静岡ろう学校と県立浜松ろう学校に開設された。静岡ろう学校から遠方の子どもたちのための川根通級指導教室(川根町民センター)も同時にできた。県教委は01年度から沼津ろう学校で通級指導をしているが、中・西部地域にも専門的な設備が整っているろう学校で指導を受けたいという保護者からの要望を実現させた。(高木忍)
通級指導教室の対象は、補聴器などを使用しても通常の話し声を理解することが困難だが、特別な指導を受ければ通常学級の学習に参加できる小中学生。週に1〜2回、2〜4時間程度指導を受けるという。
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asahi.com マイタウン静岡
軽度難聴通級指導教室 浜松ろう学校で開級式
県教委は、難聴などの障害が比較的軽度な児童、生徒を対象にした難聴通級指導教室を、静岡ろう学校(静岡市駿河区中村町)と浜松ろう学校(浜松市幸)に開設。十八日の静岡ろう学校に続いて十九日、浜松ろう学校で開級式を開いた。
通級教室は、普通学校に通う比較的軽い聴覚障害にある子どもたちが対象で、ろう学校の持つ教育のノウハウを生かしながら、学習の進み具合や対人関係の相談などに応じる。
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中日新聞ホームページ
青年海外協力隊:
ザンビアのろう学校で教えた加藤嘉文さんに聞く /和歌山
◇不安な出発、帰りは涙−−教育方法の「違い」に思い
青年海外協力隊でアフリカ・ザンビアのろう学校に約2年間勤務した加藤嘉文・県立和歌山ろう学校教諭(35)が帰国した。加藤教諭は難聴で、英語とアメリカ手話、ザンビア手話をマスターして教壇に立った。72あるザンビアの言語の一つ、ベンバ語も学び、日本名にちなんで「カトゥンゴ」とニックネームをつけられるほど溶け込んだ。「素晴らしい所だった」と振り返る加藤教諭に体験を聞いた。【辻加奈子】
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MSNMainichi INTERACTIVE 都道府県ニュース
加藤嘉文教諭は、石川県出身で「金沢方式」の言語教育を受け、インテグレートして、大学院で各国のろう教育を学び、和歌山ろう学校に赴任していました。
難聴学園の過去ログ
石井、すごい
プロ初勝利から連戦連勝
◇中日8−5広島
145キロ直球が空を切り裂く。から回る新井のバット。力強く両こぶしを握り、石井裕也投手(23)が叫ぶ。
7回2死満塁。緊迫したマウンドを異名通り三振で切り抜け、広島ファンを沈黙させた「サイレントK」。ご褒美は、2試合連続の2勝目だった。
「うれしいです。気持ち高めて、攻めていこうと思って投げました」
顔を紅潮させ、これまた2試合連続のヒーローインタビューを受ける石井。出来過ぎの2勝目。だが、それだけの価値は十分にある。プロ3試合目の出番は同点に追いつかれた直後、7回2死一、二塁のピンチ。しかも、打席には13日のプロ初登板のマウンド(豊橋)で初球本塁打を浴びた前田。緊張するな、という方が無理な場面だったのだ。
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中日スポーツ
「手話教育の充実を求める意見書」
2005年(平成17年)2月18日
日本弁護士連合会
出典:日本弁護士連合会 / 公表日:2005年4月13日
はじめに
わが国のろう学校では、手話で表現をすることそのものを教えておらず、手話による教科教育もほとんど行われていない。ろう学校では、補聴器による残存聴力の活用と読唇を併用し、音声言語による言語取得を目的とした聴覚口話法が教育方法の主流である。
こうした現状に対し、近時ろう児・ろう者等から手話による教育を求める声が高まっている。その背景には、世界的な手話の言語性の認知と障害のある人たちの権利およびアイデンティティーの確立の潮流がある。
手話による教育を受けることは、教育を受ける権利・学習権(憲法26 条)、教育の機会均等・平等権(憲法14 条)、言語選択権・幸福追求権(憲法13 条)等、憲法上保障された人権であると主張され、当連合会に対してもそうした立場から人権救済の申立がなされている。
当連合会は、人権擁護委員会に対する同申立を契機として、ろう学校と手話教育に関する調査・研究を行い、本意見書をとりまとめた。
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「手話教育の充実を求める意見書」
先に出された「人権救済の申立」の主旨は、「日本手話による教育」を求めるものでしたが、全日本ろうあ連盟の支持が得られず、この「意見書」では「手話による教育」と定義があいまいな表現に変わっています。
たびたび書いていたように「日本手話とは、ろう文化が生んだ日本語と異なる独特の言語」であり、「手話とは、日本手話・日本語対応手話・片言手話までも含まれる広義の言語」です。そもそも現実には日本手話に堪能で、かつ教員免状を持つろう者の数は全国にほんの数えるほどしかいませんから、申立の主旨より大きく後退していることはあきらかです。
また、この意見書の作成にあたって、全日本ろうあ連盟が深く関与していることは確実ですが、文の終わりに
「手話による効果的な教育方法が確立していない現在、各ろう学校の取組みに期待されるところは大きい。ろう学校相互の交流を図り、手話による効果的な教育方法の実践、研究が進められることが望まれる。」
とあるので、「手話による教育」を求める一方で「手話教育の確立と実績がない」というジレンマが見えかくれして、何のための意見書なのかと疑問に思いました。
難聴乗り越え中日ルーキー石井初勝利
<中日2−1阪神>◇17日◇ナゴヤドーム
難聴のハンディを克服して、中日のルーキー石井裕也投手(23=三菱重工横浜クラブ)が、プロ初勝利を挙げた。阪神戦に3番手として0−1の7回から登板。2回を2安打無失点に抑えて降板した後の8回、福留のタイムリーで逆転して白星をつかんだ。チームも首位タイに浮上。お立ち台で石井は「攻める気持ちで投げた。声援は気持ちいい」と感激もひとしお。「サイレントK」が夢をつかんだ。
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nikkansports.com 野球ニュース
中日スポーツ
Yahoo!ニュース スポーツ報知
2005/04/12 [きらめきっ子]小郡中の新1年生、手話で同級生サポート=福岡
◆「互いに思い伝えたい」
生まれつき耳が不自由な小郡市立小郡中の新1年生、井上彩香さん(12)を、手話で支え続ける同級生がいる。親友の田中遥子さん(12)だ。授業や日常の会話などで井上さんが困っている時は、田中さんが頼もしい助っ人として力を貸している。
2人は幼稚園時代からの仲良し。田中さんが手話を習うまでは、口を大きく開けてゆっくり話したり、ノートに書いたりして意思疎通を図っていた。「もっとスムーズに会話をしたい。井上さんが考えていることを、正確にみんなに伝えたい」。ボランティアで手話通訳をしている母、千鶴子さんの勧めもあって、田中さんは小学4年の時、井上さんと一緒に手話講座に通い始めた。
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YOMIURI ONLINE 関西
静岡・浜松ろう学校に 軽度難聴者通級指導教室を開設
県教委は本年度、難聴などの障害が比較的軽度な児童・生徒を対象にした難聴通級指導教室を、県立浜松ろう学校(浜松市幸)と静岡ろう学校(静岡市駿河区中村町)に開設、専門機器などを活用した学習支援を行う。ろう学校まで通えない遠方の児童・生徒を対象にした教室も川根町に開設、既に通級指導をしている沼津ろう学校と合わせて県内全域のろう学校で通級指導ができるようになる。 (萩原誠)
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中日新聞ホームページ
「当事者として福祉学びたい」 聴覚障害の林さんが沖大に入学
沖縄大学(桜井国俊学長)の入学式が4日、行われ、聴覚に障害がある浦添市の林リサさん(22)も人文学部福祉文化学科第2部に合格を果たした。林さんは「みんなのサポートがあっての入学式。夢だった進学がかなってうれしい」と期待に目を輝かせた。同大の学生も「要約筆記」のサークルを結成し、林さんの学生生活を応援していく。
高校卒業後、聴覚を失った林さんは、以前から「障害者福祉に当事者としてかかわりたい。自分がどこまでできるか挑戦したい」と大学進学を目標にしていた。
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琉球新報
石井プロ初球被弾「この体験生かします」
プロ第1球は、ミットに届かなかった。公式戦デビューを飾った中日のルーキー・石井裕也投手(23)。その初球は、右翼スタンドにはじき返された。
「真っすぐです。ちょっと高めに浮いてしまいました。(緊張は)はい、してたと思います」
あこがれていたプロでの初登板は3−3で迎えた6回。初めての対戦相手は広島の主軸・前田。緊張の第1球。やや高めの直球を、前田は見逃さない。次の瞬間、石井の視線は打球を追って宙をさまよい、ボールは右翼席で弾んだ。
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中日スポーツ
静岡・浜松ろう学校に 軽度難聴者通級指導教室を開設
県教委は本年度、難聴などの障害が比較的軽度な児童・生徒を対象にした難聴通級指導教室を、県立浜松ろう学校(浜松市幸)と静岡ろう学校(静岡市駿河区中村町)に開設、専門機器などを活用した学習支援を行う。ろう学校まで通えない遠方の児童・生徒を対象にした教室も川根町に開設、既に通級指導をしている沼津ろう学校と合わせて県内全域のろう学校で通級指導ができるようになる。 (萩原誠)
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中日新聞ホームページ
東京都立大塚ろう学校のホームページをのぞいてみると、「聴覚障害者映像フェスティバルinさがの」で第1回グランプリ映像大賞を受賞した小学部手話クラブ制作「あきらめないで」が、ストリーミング(動画)でご覧になれます。
インターネットの動画は、ニュースや映画などでよく見ていますが、この作品の動画は思っていた以上に時間が長く、大塚ろう学校の様子がよくわかって、いい参考になりました。
私はろう学校を出てから長い年数が経っているせいか、第三者・他人の目でろう学校を見るような気分になりました。ろう学校ですから、手話を使って明るく活動している子どもたちの姿は当然ですが、手話は他人の目で見れば、マイナー(少数派)で、なじみの薄い特殊な言語ですから、どうしても「閉鎖的な特殊学校」の印象を持ちやすくなります。
この動画は、多少のストーリーと演出があって、結果的に優れた作品に出来上がっていますが、小学部6年の授業なのに「2+3=5」では、学習レベルがあまりに低くくて驚きでした。また、作品に出ている、ろうの先生は、フリースクールで有名な人ですが、口話(日本語)に手話をつけて話していないので、あれで学習レベルがあがるのかと疑問に思いました。
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以下、動画に興味がある方は下のリンクでご覧下さい。
東京都立大塚ろう学校
巨人小久保満開弾!“隠れ4番”が決めた
<巨人6−4中日>◇8日◇東京ドーム
投打の柱がそろえば、勝利は逃さない。巨人は故障していた小久保が2戦ぶりに先発復帰し、3回1死満塁から左翼へ今季1号の逆転満塁アーチを放った。横浜戦で前日(7日)投手陣が14失点したが、この日は先発上原が7回2失点と好投。G先発陣ではチーム7戦目で初勝利、投壊現象に歯止めをかけた。ライバル中日をたたき、ようやく2勝目を挙げた堀内巨人に何とか光が差してきた。
(略)
興奮しても、約束だけは忘れなかった。本塁打後、ベンチに帰ると待ち構えるテレビカメラに向かい、手話で「約束を守った」とメッセージ。「7試合で1度も忘れなかった子供たちとの約束を、やっと果たすことができた」。シーズンオフに、高橋由と東京・立川のろう学校を訪問した。同校の野球部員に1号を打ったら、手話のメッセージを送る約束をしていた。
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nikkansports.com 野球ニュース
小久保選手の手話「約束/大丈夫」を見ました。やってくれると、うれしいですね。
日本で最初に口話教育が行われたのは「日本聾話学校」ですが、その設立当時を記録した「愛は決して滅びない」の本を入手しました。以下、その一部を引用します。
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日本の聴覚障害児教育の黎明
日本で聞かれた聴覚障害児教育の最初の学校は、フランスよりも約100年遅れたが、1878年(明治12年)の京都盲唖院である。設立者、古河太四郎は京都市待賢小学校訓導であり、優れたカを持つ教師であったばかりでなく、憐れみの心にも富み、ふとしたことで知ったふたりの聾唖児に、身ぶり手真似で教えたところ、よく理解するのでこれに力を人れた。うわさを聞いた親たちが子供を連れてあちこちから集まってきた。
一方、目の不自由な子供の親たちも「口のきけない子供が教えられるなら、目の見えない子供だって教えられるだろう」と、子供を連れて来る親がだんだん増えた。やがて教室が手狭になったので京都府の援助を受けて学校を建てた。これが京都盲唖院、現在の京都府立聾学校の前身である。
古河大四郎の教育方法は手話方式で、当時はこれを手勢法と呼んでいた。手勢とは手真似身振語で、これを書取と結びつけて理解させた。教師がある文字を示すと、生徒はこれを手勢、つまり手真似で答える。反対に教師が手勢を示せば、生徒はこれに当る文字をノートや黒板に書く。このようにして言葉を覚えさせる。要するに手話による言語指導である。当然のことながら、抽象的な言葉を理解させるには大変な苦労をしたようで「このような言葉は説くべく示し難し」と嘆いている。
1897年(明治30年)から1907年(明治40年)には聾唖児のための学校が全国各地に次々と設立された。クレーマーさんが来日した1917年(大正6年)には、全国の学枚数34校、生徒数1,349人であった。
わが国の聴障児の教育に初めて口話法を採用した日本聾話学校の設立は、京都盲唖院設立から数えて42年後になるが、ベル博士の勧めが同国人であるライシャワー博士夫妻によって実現したことは不思議な縁で、まさに神の摂理というべきであろう。
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本に興味がある方は、下のリンクで教文社にご注文下さい。
教文館出版部
日本聾話学校のホームページはこちらです。
日本聾話学校
きょうは、石川障害者職業能力開発校の入校式でした。午後1時30分から同校体育館で、入校生60余名をはじめ、職員・来賓・保護者らと合わせて150名が集まって、入校式が行われましたが、手話通訳がつかないことは事前に知らされていたので、それなりに覚悟をきめて臨みました。
入校式に先立って、まず受付に行って、名札をもらって、控室で待機して、体育館に案内されて、椅子の後ろをよく見ると、紙に書いた名札が貼ってあって、私の名前を探すと、最前列にありました。私が難聴であるために、こういう配慮をしてくれたのだろうと思いました。
たしかに最前列にすわれば、補聴器で言葉が聞きやすいかもしれませんが、もし聞き取れない場合は、どう動いていいのか戸惑ってしまいます。理想的には2列目で、前列の人の動きを見て、自分もそれにならって動けば無難です。
さいわい、司会者の「起立、礼、着席」という号令がよく聞き取れたので、無難に動くことができました。この号令は、校長と来賓が挨拶で壇上に上がるたびに、繰り返されて、昔のろう学校を思い出しました。
ろう学校は号令が全生徒によく伝わるように、両手をあげたり、下げたりして、目で見てわかる合図(サイン)を送っていました。
入校生の紹介で、名前を呼ばれる場面がありましたが、名前が聞き取れて、無難にこなしました。
国歌「君が代」を唄う場面がありましたが、まるでオリンピックで唄うような気分でした。昔のろう学校で、入学・卒業式でよく唄っていたので、歌詞は全部おぼえていました。
30分ほどで入校式が終わると、入校生たちはそれぞれの教室に分かれて行きました。私の教室は「電子機器科」で、電子回路技術(設計・製作・修理)パソコンの操作(各種ソフトの利用・ブログラミング)などを学ぶところです。生徒は8名で、私の机はやはり最前列にあって、すぐ横にパソコンが置いてありました。
教官との距離は2〜3メートルぐらいと近く、教官の話す声がいいこともあって、かなりの言葉が聞き取れました。1時間半ぐらいで説明を終わって、帰りました。明日からは午前9時に授業開始で、午後4時15分に授業を終わる、訓練生活になります。公休は公立の学校と同じで、夏期休暇は3週間に及びます。
毎日の授業に手話通訳はつきませんが、昔歯科専門学校に2年間いた経験があるし、補聴器と日本語(口話・書記)で、1年間の訓練生活を乗り切る自信はあります。若い難聴者とちがって、私には家族と多くの仲間がついているので、印刷工場に長く勤めていたときと同じように、不安と孤立感に悩むこともありません。
昨年の夏に東京で開かれた、第27回ろう・難聴教育研究大会の報告書として「日本語獲得への道筋」の本がこのほど完成したので、さっそく購入して読みました。
内容的には、最近5年間であまり変わっていない、日本語教育は困難で、努力する覚悟がいるということで、新しい進歩がない印象を受けましたが、特によかった報告は、ろう学校の先生がFAXで毎日のように、小学1年の子どもと文通して、1年間で単純な文章から長くて豊かな文章を書けるようになったことでした。
これが可能になった要因としては、先生と子どもが手話でコミュニケーションし合って、信頼関係を持っていたことと、子どもが活発な文通を通して「手話と日本語は別の言語」という意識を持ったことが考えられます。
「たったひとりのクレオール」で辛口の論調を展開したことで有名になった、上農正剛先生は「第一言語の手話から書記日本語に移行するということについては、疑問する立場で、別個に独自の取り組みが必要」と述べています。
手話をよく知っているろう者で、フリースクールを経営している、早瀬憲太郎氏も「手話による方法はまだまだ実績がなく、これから研究・実践が必要になってくる」と述べています。
ともあれ、この研究大会には全国から300人近い人が集まったというのですから、いかに日本語教育が難しくて関心が高いのか想像できると思います。この報告書のおかげで、ここ難聴学園の教育法「日本語は第一言語、手話は第二言語」が正しいことに確信を持ちました。。
「日本語獲得への道筋」の本について、くわしい情報は下のリンクで、PDFファイルをご覧下さい。
「日本語獲得への道筋」
さっそく(田舎の聾学校教員) 2005-04-13 22:10:16
なるほど本当に参考になる本のようですね。さっそく私も購入しようと思います。いつも、最新の情報ありがとうございます。
ありがとう(孫悟空) 2005-04-14 17:33:41
コメントをいただき、ありがとうございます。
またよろしくお願いします。
「口話はいらない、手話と書記日本語があればいい」と主張する<ろう文化>がありますが、私がろう学校にいたころから現在までの経験で、「口話ができる」人は、常に周囲から驚きと称賛と羨望を受けています。
口話に驚くのは、聞こえる人ばかりでなく、口話ができないろう者もみんな「口話が上手で、聞こえる人みたいにすごいな」と驚き、そして心の中では「あんなになりたいな」とうらやましく思っています。
あんまり言葉が聞こえない、ろう者にとって「口話ができる」ことは、すごく難しいことで、たいてい発音が不明瞭なために「よく聞き取れない、役に立たない」と自信を失っているので、「口話はいらない」と思っているのです。しかし、ろう学校を出て、成人しても相変わらず、口話に手話をつけて話す若いろう者が多いので、口話教育は立派に成果を出しているといえます。
「口話教育は、聞こえる人に近づけるため」と批判する人もいますが、実際に聞こえる人に「近づける」ことはあっても、「同じになる」ことはめったにありません。また、口話教育は「言葉を聞く・話す」ばかりでなく、文字・文章を同時に教えることで、日本語の「文章を読む・書く」ことにつながり、そして日本語の概念と思考を身につけることに目的があります。つまり、口話教育は同時に日本語教育でもあるわけです。
ですから、口話教育で言葉の聞き取りや発音に問題があっても、目で見ることができる文字と文章がそれを十分にカバーできるので、聞き取りと発音を気にする必要はありません。
発音がおかしいから、聞こえる人の前で話したくないなら、無理に話さなくていい、発音を聞き慣れている家族・友人だけに話していいのです。
口話ができるろう者ほど、自信に満ちた態度・行動をとっています。困難な口話教育を乗り越えたから、自信が持てるのです。インテでいじめられて孤立して、自信をなくした難聴者も多くいますが、手話で多くの仲間を持てば、口話と日本語が自信を回復してくれます。
「言語の脳科学」−脳はどのようにことばを生み出すか−(酒井邦嘉著)という本が手元にあります。この本のなかに「手話への招待」がありますが、内容はほとんど<ろう文化>の主張を丸写ししたものです。
以下は、アマゾンドットコムからの引用です。
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内容(「BOOK」データベースより)
言語に規則があるのは、人間が言語を規則的に作ったためではなく、言語が自然法則に従っているからである―。こうしたチョムスキーの言語生得説は激しい賛否を巻き起こしてきたが、最新の脳科学は、この主張を裏付けようとしている。実験の積み重ねとMRI技術の向上によって、脳機能の分析は飛躍的な進歩を遂げた。本書は、失語症や手話の研究も交えて、言語という究極の難問に、脳科学の視点から挑むものである。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
酒井 邦嘉
1964年(昭和39年)、東京に生まれる。87年、東京大学理学部物理学科卒業。92年、同大大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。同年、同大医学部助手。96年、ハーバード大学医学部リサーチフェロー。MIT言語・哲学科訪問研究員を経て、現在、東京大学大学院総合文化研究科助教授
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著者の酒井邦嘉氏が、最近面白い研究結果を発表しました。
くわしい内容は下のリンクで、PDFファイルをご覧下さい。
手話の理解も左脳優位〜脳での文章理解は手話と音声で完全に同じ〜
この研究結果をわかりやすくいうと、ろう者の手話と聴者の日本語は同じ左脳で反応・活性化する、つまり手話も日本語と同等の言語であるということです。
ろう者は手話を母語とし、聴者は日本語を母語にしているのですから、同じ左脳で反応・活性化することは当然のことです。
ところが<ろう文化>が主張する「手話を母語とし、書記日本語を第二言語とする」のうち、書記日本語はどこで反応・活性化するのか明らかにしていません。左脳の同じ場所で、それぞれ独立した言語構造をもつ手話と日本語が同時に反応すると、混同が起きてしまいます。
実際に、ろう学校で「手話を使って、日本語を教えているが、混同してしまう」という報告があります。
手話と日本語は別の言語として、分離して教える、左脳のちがう場所で教えることが正解ですが、先に手話を母語にした、ろうの子どもはなかなか手話と日本語を分離して考えることができません。
早期口話教育によって、先に日本語が母語になった子どもは、あとから手話を別の言語として受け止めるので、日本語と手話のバイリンガルが簡単にできます。これは私の実体験として証明できます。
「日本語が第一言語(母国語)手話が第二言語(第二の母国語)」がいちばん確実で、失敗がありません。
中嶋 宇月さん(35)=なかしま・うづき
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聾者と聴者がともに学び交流するクラブをあす設立
「世界人権宣言の2条です」。筆談のノートに書いた。2日に設立する内外の聾者(ろうしゃ)と聴者の交流クラブ「AIS Club」の目的を尋ねた時の答えだった。2条は、どんな理由による差別も人は受けないと宣言している。「聞こえる人と聞こえない人のバリアを取り払いたい」
生まれつき耳が聞こえない。熊本で育ち、甲子園を夢見て小2から野球を始めた。中学の野球部でいじめにあい挫折。「聾者には野球は無理」と思いこんだ。
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マイタウン愛知
このブログは、以前の掲示板から移行したものですが、ブログと掲示板にはそれぞれ長所も短所もあります。私がブログに書いたものに対して、コメントを寄せて下さる方が何人かいらっしゃいますが、コメントは目立たないので、よほど注意してみないと、過去に埋もれてしまいます。
それで、掲示板の「見やすさ」を生かして、本日4月1日より、ろう・難聴児教育に関する、ご相談・ご質問・ご意見を承るほか、難聴学園の教育法に対する、ご批判でも歓迎するという趣旨で、「教育相談室」を開設することにしました。
掲示板は、しばらくは投稿が出てこないかもしれませんが、手話の「天竺」掲示板と同じように、辛抱強く継続すれば、徐々に投稿が増えてくると思います。皆様のご協力・ご支援をよろしくお願いします。
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