赤外線補聴装置の導入/名古屋市科学館
「やさしい街づくり賞」プラネタリウムで好評
耳の不自由な人にもプラネタリウムを鑑賞してもらえるよう名古屋市科学館(同市中区栄2丁目)が導入した赤外線補聴システムが、県の「人にやさしい街づくり賞」に選ばれた。夜空の星を投影中、解説の声や音楽を赤外線で送り、受信装置で聞いてもらう仕組みで、利用者から好評だ。国内のプラネタリウムで初めて導入され、全国の施設にも広まっているという。
システムは、ドーム内の2カ所に設置した送信機から、赤外線で発信された音声を小さい箱形の装置で受信し、ヘッドホンなどで聞く。利用者が補聴器をしていたり、人工内耳だったりで、聞き取る力は様々なため、4通りの補聴システムを用意した。
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asahi.com MYTOWN 愛知
25日(金)の午後に、京都市内の日本聴力障害新聞編集部を訪問しました。旧知の担当者と40分ほど話してから、季刊みみ(MIMI)を4冊購入しました。バックナンバーの第103号は「ろう学校は今」の特集で、そのなかに広島ろう学校の池頭一浩教諭のレポートがあったので、その一部を引用します。
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「第1言語(日本手話)の能力を高めれば第2言語(書記日本語)の能力も自動的に高まる」や「日本語の読み書きの指導は小学部に入ってからでよい」などという人がいるが、私にはずいぶん乱暴かつ呑気で夢想的な説に思える。聞こえない子どもへの読み書きの指導を真剣に取り組んでいる人ならば首肯できまい。書記言語の習得には、長い時間と多大な労力が不可欠である。
(略)
手話は日本語とは別の言語であり、両者間の言語的距離も遠いのだから、書記日本語は書記日本語として、書記日本語を通して指導していくというのが私の基本的考えである。
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広島ろう学校がやっていることは、基本的に「手話でよく説明して、書記日本語を教える」ということであり、長い時間と多大な労力を費やしています。そのわりに劇的な効果があったのかどうかというと、2人の同校教諭から聞いた話ではそうでもないようです。
聴覚障害の有無にかかわらず、日本語の読み書きができる人は、必ず頭の中で日本語で考えて、ブツブツつぶやきながら、文章を読んで書いています。日本語の思考を基盤にしないで、手話の思考から直接的に書記日本語が獲得できるはずがありません。ろう学校の生徒が「手話と日本語は別のもの」という意識をもっていても、学年が上がるにつれて「日本語はむずかしい」と悲観的になると、書記日本語の獲得は絶望的で、将来の自立した生活は出来なくなります。
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●第103号の主な内容
【特集】ろう学校は今
鼎談 聴覚障害児にこの教育環境を
(大阪ろう学校堀谷留美教諭・
佛教大学学生、富山篤史・
全日ろう連坂上譲二教育対策部長)
寄稿 現場からの報告
(東京都立大塚ろう学校・
静岡県立浜松ろう学校(右写真)・
広島県立広島ろう学校)
解説 「特別支援教育とろう学校の存続」
インタビュー ろう学校はなくなるのか?
(九州保健福祉大学・上農正剛氏にきく)
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季刊みみ(MIMI)のページ
石井、因縁対決
きょうからオープン戦
中日は25日、沖縄・北谷での春季キャンプを打ち上げた。26日には、横浜を北谷に迎えて今春オープン戦初戦。この試合では、新人4投手を含む8人が登板する予定で、ドラフト6巡目指名・石井裕也投手(23)=三菱重工横浜ク=が以前入団を希望していた横浜と因縁の対決となる。いよいよ2005年落合竜が本格始動だ。
これこそ運命のいたずらか。かつて入団を夢見ていたチームが、実戦デビューの相手になろうとは。「横浜戦? 楽しみですよ。(入団を)希望していたし、何か縁があるとは思います」。そう言ってほほ笑んだ石井が、真顔で続けた。「でも、今は中日(の選手)ですから」
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中日スポーツホームページ
ここ難聴学園は、早期口話教育による「日本語は第一言語、手話は第二言語」をすすめています。過去に早期口話教育を受けたろう児・難聴児家庭の体験記を読むと、訓練の毎日で「地獄・虐待・自己犠牲・ノイローゼ」という、あまり穏やかでない表現の言葉がちょくちょく出てきます。
たしかに、聴覚障害のある子どもが言葉をおぼえるためには、家庭で母親がつきっきりで教える必要がありますが、だからといって「地獄・虐待・自己犠牲・ノイローゼ」とマイナス思考に陥ることは、母親ばかりでなく、子どもの精神発達面で問題が起きてしまいます。
母親がマイナス思考をもってしまうと、たとえ言葉が子どもの耳に入っていなくても、母親自身が目に見えない「マイナスのオーラ・波動」を出しているので、子どもの心に敏感に伝わります。また目に見えなくても、母親の暗い(苦痛・苦悩・怒り・あせり・絶望)表情が、子どもの目に焼きついて心に伝わります。「子どもは親の鏡」で、子どもの状態は、母親の状態を見れば、すぐにわかります。
同じ早期口話教育でも、こうしたマイナス思考をもった教育は一日も早く排除されるべきです。本当の正しい早期口話教育とは、まず母親が明るい笑顔で「子どもの生活・興味・遊びに合わせて、楽しく言葉をかけて覚える」ことにつきます。母親の笑顔が、子どもの笑顔になって、生き生きとした言葉の生活になります。
母親が毎日のように子どもにつきっきりでいると、自分の時間と自由がない「自己犠牲」の心境になるかもしれませんが、気の持ち方次第で「子どもと遊びながら、言葉が出る瞬間がすごく楽しい」の心境になります。
家庭の教育に限らず、ふつうの人が会社の職場で働くときでも「なんで、オレがこんなつまらない仕事をさせられるのだ」と不平不満をいう人と、「どんな仕事でも会社にとって大事なものだから、楽しくやろう」と前向きに取り組む人の間で、将来に大きな差となって現れてきます。
カナダのマニトバ州の教育大臣が聾学校を訪問
豊橋市草間町の豊橋聾学校(大井眞校長)に21日、カナダ・マニトバ州教育大臣のピーター・ビヨーンソンさんが訪問し、授業の様子を見学したり、児童たちの和太鼓演奏を聞いた。
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東日新聞
聴覚障害:
新生児の検査、アフターケア不十分−−府主催で円卓会議 /京都
◇医療機関など連携を
障害の早期発見のため国がモデル事業を進める赤ちゃんの聴覚検査の課題を考える円卓会議(府主催)が20日、中京区であり、研究者、医師、聴覚障害者らが市民約30人と意見を交わした。
京都府と京都市はモデル事業の対象外だが、府内の多くの産科病院が独自で検査している。会議では京都市聴覚言語障害センター嘱託医の安野友博医師が基調報告。「子供は話し言葉を、読み書きなどより早い段階で学習する」と早期対応の必要性を指摘し、補聴器や人工内耳などの医療的な選択肢を紹介した。
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MSN-Mainichi INTERACTIVE 都道府県ニュース
先の「手話落語」のくわしい記事のなかで、北朝鮮のろう者が出ていましたが、最近の情報では北朝鮮にもろう学校があることがわかっています。しかし、北朝鮮の友好国である中国のろう者さえも、北朝鮮のろう者と交流がなく、その実態は謎に包まれています。
私がいたころの石川ろう学校の中学部生徒で、2人の兄弟が両親とともに北朝鮮へ帰国しました。兄弟にとって未知の世界へ行く不安が大きいためか、ろう学校で「行くのはいやだ」と悲しんでいました。
北朝鮮へ行ってから間もなく、ろう学校の担任先生へ手紙が届いて、教室の掲示板に「とてもさみしい、手紙を下さい」という内容が公開されていましたが、兄弟はいじめっ子で知られていたので、担任先生以外の生徒はだれも返事の手紙を書こうとしませんでした。
それから10年ぐらいして、「風のたより」で兄弟たちの家族は北朝鮮の北部に住まわされて、悲惨な生活と病気と差別で不幸な死に方をしたと聞いて、本当に気の毒に思いました。
断片的な情報ですが、北朝鮮では障害者は「役立たないもの」として、差別・冷遇されているようです。ろう学校があるのは、特権階級家庭の子どもだけが入っている学校で、中国のろう者とも交流させないのは、北朝鮮の情報が国外に流れるのを防ぐためと思われます。
北朝鮮は謎のベールに包まれた国ですが、障害者の教育と生活はどうなっているのか、気になってしかたがありません。
聞こえる人も聞こえない人(ろう者)も同じ人間ですから、当然「笑い」の感情をもっています。しかし、同じ笑いでもよく見ると、聞こえる人は「日本語」で笑い、ろう者は「手話」で笑っています。いつも使う言語が違えば「笑いの文化」も違うということです。これを教えてくれるのが「手話落語」です。
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ろう文化と手話落語(2004年3月)
財団法人日本障害者リハビリテーション協会提供
手話落語とは
落語といえば、日本で古くから語り継がれてきた文化のひとつである。着物を着て、座布団の上に正座をして、扇子と手ぬぐいを使って、おもしろい話をする。落語を外国語に置き換えるとすると、ブラックジョークとかコメディといったところであろうか。落語家はいかに笑いをとるかを常に研究している。聴覚障害者として初めてプロの落語家になったデフ一福さんもその一人である。一福さんは落語を手話で表現し、耳の聞こえない人達が楽しむことのできる文化づくりに貢献している。手話落語は、1979年頃、プロの落語家である桂福団治氏がのどを痛め、一時的に声が出なくなった。この時手話に出会い、そこから誕生したものである。一福さんは、1980年手話落語の考案者のひとりである桂福団治氏に弟子入りした。
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DINF 日本発・障害者事情 ろう文化と手話落語
日本語も手話もわかる難聴者・ろう者の場合は、両方の「笑いの文化」を楽しんでいます。
ろう学校で、言葉が不十分な子どもたちにちょっと複雑なことを説明するときは、大きい図解がよく活用されています。図解を示しながら口話と手話で説明し、動きがあるものは身振りで表現して、「目で見て」理解させるようにします。
例えば「耳が聞こえる・聞こえない」ことを説明するためには、耳の断面構造図を見せて「音が耳の中へ入っていくと、うすい鼓膜が振動して、神経に伝わって聞こえる、鼓膜が振動しなかったり、神経が伝わらないと聞こえない」と、口話・手話・身振りで説明します。
まだ小さい幼児の段階では「未知の世界」なので、「ウーン」としか反応が返ってこないかもしれませんが、学習は積み重ねによって理解が深まるものですから、結果をあせらないで気長にかまえて、小学低学年で「ウン、ウン」となり、高学年で「よくわかった」と理解できるようになります。
図解のほかに「体験」をさせると、いっそう学習の理解が深まって、効果的です。
一方、盲学校は目が不自由なので、図解のかわりに「模型」が活用されて、手でさわって学習させています。
今年に入って、図書館から「その時歴史が動いた」シリーズの本を続けて読んでいます。
歴史の面白さは「事実は小説よりも奇なり」で、学校の授業や読み物・映画・テレビで見た歴史の常識をくつがえす、新鮮な驚きにあります。
現在の教育制度で「義務教育・教科書検定・運動会・修学旅行」は当たり前ですが、その始まりは何と明治18年12月に初代文部大臣に就任した森有礼(もり・ありのり)が構想、実現したものだと知り、あらためてその偉大さを思いました。
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第30回
「学校」誕生
〜初代文部大臣・森有礼の挑戦〜
その時:明治22年(1889)2月11日
出来事:森有礼、襲撃される(大日本帝国憲法発布の日)
大学を頂点に高・中・小と連なる、わが国のピラミッド型教育システム、義務教育、教科書検定、さらに運動会や修学旅行…現在の教育では当たり前になった学校制度は、明治18年に初代文部大臣となった森有礼が構想し、実現したものである。
明治5年、新政府がにわか仕込みで作った初期の学校制度「学制」は、欧米の翻訳教科書の使用、高価な授業料、さらには教師の育成の遅れなども相まって、学校によって授業内容にバラつきが生じるなど、不調であった。また自由民権運動の高揚と相まって批判にさらされ、中には焼き討ちにあう小学校まで出る始末だった。
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その時歴史が動いた
「武田麻弓」でネット検索してみましたら、楽天プログで見つかりました。
難聴の身でありながら、風俗嬢として働き、渡米して結婚して、3人の子持ちママさんになっているので、日本の常識(?)では追いつかないような、型破りでモーレツな女性は、日本の若い女性たちに人気があるようです。
小泉首相の「人生いろいろ」ではありませんが、「難聴者もいろいろ、人生もいろいろ」ということです。
武田麻弓さんの楽天プログは、下のリンクでご覧下さい。
ニューヨークから麻弓です☆☆☆ - 育児…
プロフィールの「耳が聞こえませんが、口話はできます。」というコメントは、何とも天晴れです。
いつものように本屋のハシゴをしていたら、文庫本コーナーに難聴の武田麻弓さんの本「ファイト!」を見つけました。以前に武田さんの単行本を買って読んだことがありますが、聴覚障害者が書いた本としては空前の大ヒットで、とうとう文庫本コーナーに並ぶまでになったのかと感心しました。
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フ ァ イ ト !
幻冬舎
武田真弓
<身障者のヘルス嬢・豹ちゃん>が書いた
少女から母になるまでの29年間の感動の自叙伝
「いじめに負けるもんか」とツッパッた少女期から、
人気ナンバーワンの風俗嬢時代、NYへ渡り、
HIVポジティブの黒人ギャングとの結婚破局を乗り越えて
長女を出産するまで。ひとりの聾唖女性のタフで純粋な生き方。
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ファイト! 幻冬舎 武田麻弓
この本に続いて「いっしょにファイト!」「いつまでファイト!」「ファイト日記」が出ていますが、武田さんの生い立ちと口話教育、インテグレーション、多感な思春期のことが書かれている「ファイト!」がおすすめです。
私と同じ石川ろう学校の後輩で、けっこう難しい本を購入しているろう者がいました。私は「どのような教育を受けたのか」と彼に聞いてみましたが、家がろう学校から遠く離れた地方にもかかわらず、母親が電車やバスを乗り継いで、熱心に口話教育を受けていました。
小学部にあがると、ふつう地方の子どもは寄宿舎に入るのですが、母親が心配して金沢の親戚に頼んで、ろう学校に通わせていました。そして小学部4年生になってから、やっと寄宿舎に入って、中学部・高等部に進んで卒業したということでした。
子どもを寄宿舎に入れなかったのは、子ども集団の手話から隔離して、口話・日本語教育を徹底するためであって、本人も「親が厳しいおかげで、日本語がわかるようになった、手話はあとで自然におぼえた」といっています。事実、日本語がよくできるろう者ほど「親が厳しかった」と同じようにいっており、口話・日本語教育の成果は、ろう学校の教育よりも親の責任・熱意が大きく影響していることは間違いありません。
最近のテレビニュースで「スペシャルオリンピックス」という文字を見かけるようになってきました。
「スペシャルオリンピックス」とは、知的発達障害のある人たちに日常的なスポーツトレーニングと、その成果の発表の場である競技会を年間を通じて提供し、社会参加を応援する国際的なスポーツ組織です。
2005年スペシャルオリンピックス冬季世界大会が、2月26日から3月5日まで、長野県で開催されます。
先の「パラリンピック」と同様に、マスコミで大々的に報道されて、多くの寄付と援助が集まっていますが、聴覚障害者の「デフリンピック」はなぜか、マスコミで報道されず、政府や地方自治体・企業などの援助がわずかなことと大違いです。
私の地元でも、ろう協(聴覚障害者協会)よりも盲協会(視覚障害者協会)のほうが何倍もの寄付と援助を受けています。なぜこんなに大きな違いがあるのか、それはコミュニケーションが手話に限られているということが大きいかもしれません。
ほかの障害者は自分で言葉を話せますから、組織活動のまとまりが早く、コミュニケーションの範囲が広いので、電話一本で政府・自治体・企業・団体の関係者と交渉したり、日常的・個人的なつきあい・つながりを持っていることなどで、多くの寄付と援助を獲得していくのだと思われます。
「スペシャルオリンピックス」について、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
スペシャルオリンピックス日本
MSNのメッセンジャーに加入して、パソコンに小型カメラをつないで、手話でビデオチャットを始めていましたが、ろう者社会ではパソコンよりも携帯の手話に人気が集まっているためか、なかなかビデオチャットの仲間が増えません。
始めてしばらくは、となり富山と石川で合わせて2件だけでしたが、最近ひょんなきっかけで、東京の旧友からメールが届いて、MSNに入っているということで、さっそく手話ビデオチャットをしました。
パソコンの画面に、初めて相手の姿が見えると、何ともいえない新鮮な感動をおぼえます。手話ビデオチャットで喜んでいるのは、男性よりも女性のほうで、長電話と同じくいろいろと世間話で長々と続きます。
ろう学校を出て、就職や結婚などで遠いところへ離ればなれになっていましたが、家庭の子どもたちが成長し、年を重ねて思い出してくるのはろう学校の仲間です。ろう学校でいっしょに学んで遊んだ想い出がたくさんあるので、変わらない友情が心のよりどころになっています。
難聴のフォークデュオ アツキヨ
2〜3月のNHK「みんなのうた」に採用された「僕らを乗せたバス」。歌うのは新進のフォークデュオ「アツキヨ」だ。詩と曲を書き、ギターを弾く佐々木厚さん(29)と振り付けを担当する中村清美さん(26)の二人組。難聴の清美さんの手話を使った独特の振り付けが人気を呼んでいる。スタジオにアツキヨの二人を招き、生演奏で二人の音楽の世界にふれるとともに、二人の思いや、周囲に広がった反響をお伝えする。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。再放送は14日です。
福祉ネットワーク NHK
早速、今晩放送の番組を見ましたが、いちばん印象に残ったのは、ギターを弾く佐々木厚さんの「あきらめなければ、何だってできるんだ」というコメントでした。「あきらめない」ということは、薬剤師の早瀬久美さんも、プロ野球の石井裕也投手も同じことをいっています。
口話教育はさまざまな困難がありますが、「あきらめないで、楽しく続ける」ことを心がけていけば、必ず子どもは日本語の言葉を話せるようになり、日本語の思考と読み書きができるようになります。
なお、福祉ネットワークNHKの番組で、2月28日と3月7日(再)に、「サイレントK 難聴の左腕プロに挑む」が放送されます。
中日石井、人生をあきらめない
僕の夢は「自分の人生をあきらめないこと」−。先天性の感音声難聴というハンディを抱えながら中日にドラフト6巡目で入団した石井裕也投手(23=三菱重工横浜クラブ)。初めてのキャンプも無事に第1クールを終えた。不安を抱えながらも飛び込んだプロ野球の世界で石井がどう過ごし、何を感じているか。本人に聞いた。【取材・構成=鈴木忠平】
−−初めて経験するキャンプ。今までとの違いは
石井「1番違うのは練習時間です。社会人時代は長くても4時間。プロはその倍くらい。でも団体行動で指示が分からず、戸惑うことはありません。社会人でも経験してきましたから」。
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なにわWEB日刊スポーツ
聴覚障害 交流の窓開く
『かがやきパソコンスクール』
耳の不自由な人たちに、手話や筆談でインターネットやコンピューターソフトの使い方を教えるパソコンスクールが、東京都葛飾区にある。開校から二年半、生徒は二百五十人にも増え、資格取得者も多数輩出するなど成果を上げている。地方からも通う人がいるという同校をのぞいてみた。 (大島 弘義)
地下鉄千代田線綾瀬駅近くの、ビルの二階。壁際には八台のパソコンが並び、資格試験に合格した生徒の名前がずらっと張り出されている。全国でも珍しい、聴覚障害者向けの「かがやきパソコンスクール」だ。
経営する益田修さん(43)は耳が不自由。以前はNTTに勤務していた。各家庭にパソコンが普及してパソコン利用者が増加する中、インターネットで「難聴」という言葉を検索しても、該当数は少ない。聴覚障害者に必要な情報がまだまだ少ないと感じた。そこでNTTを退職、前から考えていた聴覚障害者のためのパソコンスクールを二〇〇二年八月に開校した。
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東京新聞
かがやきパソコンスクール
かがやきパソコンスクールは、2年前にいちど訪問したことがありますが、経営者の益田さんは終始笑顔で応対してくれました。
「最初の1年を乗り越えるかどうか」が成否の分かれ目と心配していましたが、益田さんの技術力と人柄そして地道な努力が実を結んで、今は名古屋校を開設するまでに成長しています。
ご紹介を、ありがとうございました。 (益田) 2005-02-05 11:27:52
益田でございます。
早速のご紹介を、ありがとうございました。
また、お褒めのお言葉まで頂戴し、光栄に存じます。
かつて、孫悟空先生がスクールをお尋ねくださった際のことは、今でも鮮明に記憶しております。
当時は、お客さまもまばらで、先生のおっしゃるとおり、私自身も「いつまで続けられるか・・・」と不安に思っていた頃でした。
今でも、食いつないでいくのが精一杯ですが、今後も頑張りつづけていきたいと存じます。
寒さも厳しい折ですが、お身体を大切にどうぞ。益々のご活躍とご発展をお祈り申し上げております。
東京へお越しの際は、ぜひお立ち寄りくださいませ。
追伸
私も、ごく私的なブログを立ち上げました。
お時間のあるときにでも、ご覧いただければ幸いに存じます。
http://spaces.msn.com/members/zukkin/
天国耳 (孫悟空) 2005-02-05 17:06:50
益田さん、コメントをありがとうございます。
さっそくプログを読ませていただきました。
地獄耳ならぬ「天国耳」とは、傑作でした。
こちらのブックマークに登録させていただきます
ので、今後ともよろしくお願いします。
それからスクールの生徒さんに、私の知り合いが
いらっしゃいます。
こんど上京の機会があったときに、お話しします。
ありがとうございます (益田) 2005-02-05 19:39:09
益田でございます。
早速ご覧くださいまして、ありがとうございました。
ちょっと恥ずかしいのですが、ボチボチと続けて参りたいと思っております。
そうでしたか、お知り合いの方が・・・
また、お会いできるのを、楽しみにお待ち申し上げております。
低めに投げるコントロールに自信
<ルーキー日記>石井裕也
合同自主トレから沖縄に入っているので、少し疲れています。でも、慣れてきたから、緊張感はもうあまりありません。
当たり前だけど、プロの世界は朝から晩まで野球漬け。野球が大好きだから、それは苦にならないけど、ちょっと生活のリズムが違うので戸惑いはありました。
先輩も優しいし、声を掛けてくれてすごくうれしい。ホテルの食事もおいしいから言うことないです。
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中日スポーツ
2005/02/01 [人きらり]手話ロックバンドのリーダー 木村正明さん35=愛知
◇手話ロックバンド「BRIGHT EYES」のリーダー
◆音楽への思い いきいきと
名古屋市守山区のスタジオ。ドラムの成田佳総(よしふさ)先生(39)の動きを真剣なまなざしで見つめ、演奏のタイミングをはかる。演奏が始まると、体全体でリズムをとりながら、ギターを弾く。
小さいころから耳が不自由だった。音楽は分からなかったが、中学生の時、長渕剛が好きになり、ゴミ置き場で拾ったギターをかき鳴らしていた。
ディスコで、大きなスピーカーから流れるドラムやベースの音を、初めて体で感じた。その後、アマチュアバンドが出演する深夜番組を見て熱気にひかれ、名古屋聾(ろう)学校専攻科二年だった一九八九年、同級生がボーカル、キーボード、ベースを務めるバンドを結成した。皆で考えたバンド名は、耳が聞こえなくても瞳がある、という思いが込められた。
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YOMIURI ON-LINE 関西
BRIGHT EYESのホームページ
きのうのNHK教育テレビで放送された、長崎県立ろう学校高等部1年の大石舞さんの作品を以下、紹介します。
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「初めてのメール」
携帯買った。初めてのメール。
初めてのメールは約束していた鹿児島の友達に決めていた。
「ケイタイ買いました。」簡単な文。
でも、長い時間かかった。1文字ずつ一生懸命打った。
打ち終わったらホッとした。おまけに顔文字もつけてみた。(>_<)
メール届いたかなと心配になった。しばらくしてメールが来た。
「よかったね。」短い返事。でもメール見てうれしかった。
また、メールを送った。
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この文章を読むと、初めて携帯でメールの文字を打ったときの新鮮な感動を思い出します。
聴覚障害者は、電話が自由に使えないので、手紙やFAXに書いて相手に伝える、返事を待つ、もどかしさを感じていましたが、携帯のメールでいつでもどこからでも、リアルタイムに伝え合うということは、すごく新鮮で感動的なものになります。
「長い時間かかった」というのは、携帯の機能や文字の打ち方をおぼえるまでに時間がかかったもので、やっとメールの文章ができあがっても、相手にちゃんと伝わるか不安があります。
私のところでも、同じメーカーの同じモデルの携帯を2台購入して、まず私が携帯の機能と文字の打ち方、メールの送受信のしかたをおぼえてから、家内に教えるのですが、メカに弱くて使い方がややこしいので、なかなかおぼえられません。
それで、使い方の順序をメモに書いて、何度も繰り返し練習して、2台でメールの送受信ができるようになりました。
よく携帯を1台だけ購入している、ろう者が多いですが、メールの送受信がうまくできたかどうか、確認できないという不安があるので、家庭で1台よりも2台あったほうが早く覚えられます。
また「FAXがあるから」と消極的だったろう者も、いつも手元で相手とメールできる携帯の便利さがわかってきて、若い世代はもちろん老人の世代にも携帯の普及が進んでいます。