ろう・難聴児を持つ親で「言葉が増えない」という悩む方は多いかもしれません。
まず、早期口話教育によって、音声の言葉を子どもに話しかけます。0歳から3歳ぐらいまではたとえ聴力が厳しくても、全体的に感覚が鋭くなっている、つまり耳の感覚でなく、体の感覚で音声の言葉を感じます。それを信じて、子どもの生活の場面と興味に合わせて、タイムリーに辛抱強く言葉がけを続けると、子どもは必ず言葉の意味を理解して、口マネを始めます。
聞こえる子どもは2歳ぐらいから言葉を話せるようになりますが、難聴の子どもは大体3〜4歳ぐらいで言葉を話せるようになります。
ただし、耳に障害がありますから、耳からおぼえる言葉だけでは、身近な生活に限られたものになってしまいます。さらに言葉を増やすためには、音声を文字にむすびついて、文字に興味を持たせることが大事なポイントになります。
絵カードは、ふつう表面に絵だけあって、裏面に文字があるものが多いですが、私の小さいときの経験では、絵カードを見せられて「これは何」ときかれても、おぼえていないために答えられませんでした。たとえ暗記で一時的におぼえても、興味がなかったら、あとで忘れてしまいます。
絵と文字をいっしょにして、いつも絵本を見ていると、自然にたくさんの言葉をおぼえました。テレビでも人物と名前をいっしょに何回も見ていると、自然に人物の名前をおぼえてしまうことと同じです。
絵カードから絵本に移行して、日本語の文章に興味を持って、面白くなって夢中になればしめたものです。文章の言葉はそのまま音声の言葉とよく合いますから、自然に日本語をたくさんおぼえるようになります。
さらに、子どもに強い好奇心があれば、もっともっと日本語の言葉が増えるようになります。例えば、動物に好奇心があれば、動物の名前をたくさんおぼえるし、野球に好奇心があれば野球で使う言葉(用語)をたくさんおぼえます。
日本語の言葉は「音声・文字・好奇心」の3つさえあれば、いくらでも爆発的に増やせるということです。
今年もあと1日余りとなりました。よい新年をお迎え下さい。
来年の4月から、私は石川障害者職業能力開発校に入校することになりました。
「能力開発校」というのは、昔の「訓練校」で、今の手話でも「能力/開発/学校」でなく、「訓練/学校」と表現します。
入校するには、まずハローワークの障害者窓口で相談して、開発校に電話を入れて、見学に行きます。そして入校案内書と書類をもらいます。書類に必要事項を書いて、写真を貼って、ハローワークに提出します。ハローワークから開発校に書類が送られるので、開発校から入校選考の案内が届きます。
11月末に開発校で入校選考が行われましたが、私は手話通訳なしで受けました。以前に若いろう者が手話通訳を付けて、入校選考を受けて、入校したことがいちどありましたが、今回は開発校から「手話通訳を付ける予算がない」といわれていました。
入校選考の説明がありますが、担当者が私にFM補聴器を渡してくれました。両耳にイヤホンをつけて、音量つまみを回してみると、説明の声が聞こえました。しかし、マイクから離れていると、途端に聞こえなくなるので、結局は自分の補聴器で説明を聞きました。
選考の方法は、まず筆記試験があり、これは中学校卒業レベルの国語と数学の問題が出ました。国語の問題は自信がありましたが、数学の問題で電気の専門的なこと以外はクリアできました。筆記試験が終わると、担当者との面接ですが、会話はスムーズに進んで、選考が終わりました。
12月半ばに開発校から「合格」の通知が届きました。開発校で受ける科目は「電子機器科」で電子回路技術(設計・製作・修理)パソコンの操作(各種ソフトの利用・プログラミング)などを1年間通学しながら学びます。私にとっては、小学校(2日)歯科専門学校(2年)に続いて「第三のインテ」となるわけです。
ろう学校やインテの高校で、まだ就職が決まらない場合は、とりあえず能力開発校に入校して、技術を学ぶこともいいかと思います。
2004/12/26 災害弱者どう守る? 新潟中越地震で改めて課題=静岡
◆送れない携帯電話メール 手助け必要な避難所生活
阪神大震災をきっかけに注目されるようになった高齢者や障害者などの「災害弱者」。聴覚障害者については、新潟県中越地震でも安否確認に手間取るなど課題が改めて再認識された。東海地震が想定される本県では、行政側も様々な試みを行っている。
県は二〇〇二年六月、都内の民間会社と協定を締結、携帯電話のメール機能を使った災害情報配信を行っている。現在、視覚障害者百六十五人、聴覚障害者八十人が登録されているという。
このほか、小山町は受信機に文字表示が付いた戸別無線受信機を無料貸与。御殿場市でも障害者家庭にファクスによる情報配信サービスを行っている。
しかし、「実際の災害時に、どんな対応になるのか」と県聴覚障害者協会は懸念する。
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YOMIURI ON-LINE 関西
手話の歌姫「アツキヨ」がミニライブ
聴覚障害を持つ歌手Kiyo(中村清美=27)が、夢の階段を上っている。パートナーのアツシ(佐々木厚=29)と結成したデュオ「アツキヨ」が11月25日発売のセカンドシングル「kiseki〜もうすぐおこる奇跡を信じて〜」で話題になっている。24日は都内でミニライブを行い、観客を魅了した。
5月にメジャーデビュー。ギターとボーカルはアツシが務め、Kiyoは手話で歌詞を表現するサインボーカリスト。「高度感音性難聴」障害を持つKiyoの聴力はジェット機の爆音が聞こえる程度だが、幼いころから松田聖子にあこがれ「歌姫になりたい」との夢を持ち続けてきた。
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nikkansports.com 芸能ニュース
「テープ起こし」というのは、会議で録音したテープを起こして、議事録に文書化することをいいます。テープの音声を聞きながら、パソコンのキーボードをたたいて文書化することは、専門の速記事務所だけでなく、ろう協や手話サークルなどの会議・講演会でも行なわれています。音声を聞いて文書化することは簡単ですが、問題は手話を日本語の文章に翻訳するときです。
日本語に合った手話で音声をつけて話すことは、日本語がよくわかるろう者やベテランの手話通訳者でも至難の技で、たいていは音声をつけないで、手話しています。
手話は、映像のビデオテープに録画して、テープの再生・停止・巻き戻しを繰り返しながら、キーボードをたたいて日本語の文章に翻訳して、議事録や報告書として文書化します。
テープの再生・停止・巻き戻しを煩雑に繰り返すと、テープを痛める心配があるので、別のテープにダビング(コピー)してから使うのが無難です。
私は今、日本聾史学会広島大会の分科会で記録されたビデオテープをDVDにダビングして、報告書にまとめるべく作業を始めていますが、手話を日本語の文章に翻訳することは、いくら手話と日本語のちがいを知り尽くしていても、なかなか大変な作業です。
手話を見て意味がわかっても、それを日本語の文章に翻訳するには少しの時間がかかります。手話のこまかいところまで忠実に再現すれば、日本語としてまとまった文章にならないので、主旨を変えない程度に文章を書き直していく必要があります。
いちおう翻訳した文書ができたら、発言者に文書の写しを送って、確認と訂正をしてもらって、報告書として完成するわけです。
聴覚に障害があっても、日本語の文字・文章に強い興味を持てば、それがイメージとなって、大脳の右脳から左脳へ日本語のデータベースとなって蓄積されて、必ず書記日本語を獲得できるようになります。先に音声の日本語を母語として獲得している子どもほど、音声と文字の相性がいいので、ますます効率的に確実に日本語を獲得していきます。
とはいっても、耳から言葉が聞こえていない重度難聴の場合は、音声の言葉・しゃべり方(アクセント・イントネーション・リズム)が不自然になります。ですから「しゃべり方が変」といわれたり、「何言っているの」と話を聞いてもらえなかったり、心ない人にしゃべり方をマネされて、からかわれることもあります。このときの屈辱感は言葉に言い表せないほどになります。
どうしたら、この屈辱感を乗り越えていけるか、「言葉が聞こえないから、声が変になるのは当たり前」と割り切る、そして「聞こえないからダメというわけではない、自分には聞こえる人に負けない能力がある、自分と同じ仲間がいる」と開き直ることで、道が開けてきます。
どうしても自分の発音が気になる難聴者は、残存聴力をフルに生かして、改めて言語訓練を受ける人もいます。幼児のときに受ける訓練とちがって、本人の強い意思で訓練を受けるので、良い結果が得られやすくなります。
私の場合は、専門の言語訓練を受けていませんが、テレビで聞く音声をモデルにして、大脳におぼえさせて、マネしてしゃべります。補聴器をつけていたほうが自分の声が聞こえるので、それを意識しながらしゃべると、かなりいい発音になります。「聞こえる人かと思った」といわれるとうれしくなりますが、ときどき「え?」と聞き返されることもあるのはしかたがありません。
副読本:聴覚障害児のために、手作り発音テキスト−−生野聾学校教諭ら編集
◇「さ」はストロー舌と歯で軽くはさんで良きを出してごらん−−全国から問い合わせ
大阪府立生野聾(ろう)学校(大阪市生野区)の教諭らが、聴覚に障害のある子どもたちに発音を教えるテキスト「ただしい はつおん」=写真=を編集した。舌や歯の位置、ストローや紙吹雪を使った発音の練習方法をイラストで示した手引書。全国の聾学校や教育関係者から「副読本として活用したい」と問い合わせが相次いでいる。
テキストは、生野聾学校の教諭ら計14人が編集。聴覚障害や言語障害の子どもたちに発音の仕組みを分かりやすく説明し、繰り返し練習できるようになっている。授業での経験を基に、各教諭の指導方法を次世代に引き継ぐために作った。
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聞こえる子どもは、耳から音声の言葉が入ってきますから、言葉をたくさん覚えていきます。一方、聞こえない・聞こえにくい子どもはそれだけ音声の言葉が入ってこないので、言葉を覚えることに限界があります。聞こえる子どもと比べて言葉が大きく遅れてしまうことはしかたがありません。
しかし、悲観することはありません。耳から音声の言葉が入ってこないかわりに、目から日本語の文字・文章の言葉(書記日本語)を入れていくことで、言葉の遅れを挽回できます。つまり、絵本やマンガを絵と文章のセットでたくさん読むことで、解決できるというわけです。
このとき、先生や親が「本を読んで勉強しなさい」というのでなく、子どもが楽しく夢中になって読書することが大切です。
読書の途中で、意味のわからない言葉があっても、どんどん飛ばして読みます。「読書百遍意自ら通ず」で、自然に言葉の意味がわかってくるようになります。
書記日本語で言葉が増えると、あまり聞こえていなかった音声の言葉がよく理解できるようになります。私が小学生のころは今のようにテレビが家庭に普及していなく、ラジオを聞くしかありませんでしたが、プロ野球の用語を覚えたおかげで、野球中継で「長嶋、バッターボックスに立ちました、ピッチャー投げました、打ちました、ホームランです」とよく聞こえて楽しかったでした。
一方、聞こえる子どもは音声の言葉でふだんの生活は何でも間に合うし、テレビゲームに夢中になったりして、本の文章を読む機会が減っているので、難聴の子どもが読書で努力すれば、学力を伸ばして、クラスで中位以上の成績をあげることは決して難しいことではありません。
この「読書法」は、早期口話教育で音声の言葉を母語(第一言語)として習得した子どもだけに有効で、音声の言葉と文章の言葉は、同じ日本語のリズムでいっしょに読み上げができるので、大脳におぼえやすく、確実に正しい日本語が習得できます。
手話が先に母語になってしまった子どもは、手話と日本語の間で語順とリズムが合わないために、効果があまり期待できません。
県立聾学校、盲学校に移転・併置 学科再編など協議へ
老朽化した徳島県立聾(ろう)学校(徳島市中徳島町二)が県立盲学校(同市南二軒屋町二)に移転され、両校が改築、併置される見通しとなった。改築計画を検討してきた県教委障害児教育改革検討委員会(委員長・橋本俊顯鳴門教育大学教授、十七人)が二十日、方針を決めた。今後、学科再編などについて協議し、本年度中に松村通治教育長に最終報告する。県教委は高校の再編計画などと合わせて改築時期を決定する。(26面に解説)
両校とも今後、児童生徒数の減少に伴い教員数も減ることが予想されるため、併置によって一定の教員数と教育水準を確保するのが狙い。
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徳島県内のニュース
私の地元、石川県立ろう学校は昭和40(1965)年までは盲学校と併置で、運動場と体育館は交互に利用していて、すごく不自由に思いました。
2004/12/14 [カラクリ大百科]骨伝導スピーカー搭載携帯電話 骨にジンジン響いてくる
「新幹線のホームなど騒音の中でも通話ができる携帯電話があれば……」。ツーカーはモニターアンケートなどで寄せられた利用者の声を生かそうと、三洋電機と共同で、耳をふさいでも相手の声が聞ける骨伝導スピーカー搭載の携帯電話を開発した。
音の振動を、空気を通してではなく、頭がい骨に直接与える仕組みだ。携帯電話の背面にある重さ数グラムのスピーカー部分に、ほおなどを当てると、顔全体で音を聞くような感覚になる。振動が左右の耳の奥にある聴覚器官に直接、伝わるためだ。携帯電話を畳んだままでも利用できるように、ハンズフリー電話で利用されている高性能集音マイクを搭載した。
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YOMIURI ON-LINE 関西
ツーカー、世界初の骨伝導ケータイ「TS41」
「日本の聴覚障害教育構想プロジェクト」第4回親委員会議事録
全日本ろうあ連盟を中心に、各地域の教育関係団体で構成する「ろう教育の明日を考える連絡協議会」の役員メンバーによる「日本の聴覚障害教育構想プロジェクト」の委員会議事録は、さすがトップレベル級のメンバーだけあって、いい参考になる内容でしたので、その一部を以下引用します。
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松本/この前の事務局会議で出て、まだ整理できず、消化しきれていない問題の1つが、「第1言語」「母語」。子どもが生まれた時の最初の言語環境。これは手話、日本語と決めつけられない場合もある。ただし、日本語がメインな場合でも親は手話を学ぶべきではないかという意見が強い。
もう1つ、「リテラシー」という考え方が強い。日本語の読み書きという力をどう整理するのか。あとアイデンティティが何なのか、整理が必要である。
また、田中美郷委員からも意見が出たが、日本手話が良くて、日本語対応手話がいけないと言われると、我々ろう者も分からない。現場の教師も自信を失くしてしまう。これを整理してほしいという意見がある。この4つである。
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全国で有名なろう者で松本晶行弁護士の言葉ですが、第一言語・読み書き・アイデンティティ・手話という問題が組織のなかでまだ整理・消化されていないことは驚きです。
このくらい大きな組織になりますと、さまざまな意見が出されて、議論がまとまることは、非常に困難になってきます。教師・親の立場で発言したものは具体性があって、いい参考になりますが、教育現場に立った経験と実績がないのに、主観論・観念論を述べているだけの人もかなりいますから、なおさら時間がかかって残念に思います。
この議事録について、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
第4回親委員会議事録
再び「ろう教育の”明日”に載っていた、東京都立大塚ろう学校の濱崎久美子校長の言葉を一部引用します。
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逆に、手話を使えばどの子供も伸びるなどとは言えません。聴者はみんな聞こえて、話していますが、理解する力と書く力は別物です。それと同じように、手話で話すことと理論正しく構成したり書き言葉にする力とはイコールではありません。
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聞こえる人は耳から言葉が入ってきますから、書き言葉にする力も自然に身につくはずですが、実際はそうではなく、貧弱な文章になる場合がたくさんあります。
貧弱な文章しか書けない人に共通していることは、話し言葉が貧弱であるということです。話す言葉が乱れていれば、当然に書く文章も乱れてきます。言葉が乱れる原因は、読書をよくしていないことがあげられます。
ろう学校においても、子どもたちが日本語とちがう手話、先生や親が見てもわからないくらいに手話が乱れていると、ますます日本語の感覚と離れてしまって、読書がおろそかになり、日本語の文章が正しく書けなくなります。
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残念ですが、今の都立ろう学校には言語指導や発音指導のできる教師は数人居るか居ないかの現状です。そして、発音指導の意味などを無益どころか有害かのように言う方々も居ります。しかし、聴力にもよりますが、社会に出る前に発音指導を自ら希望する生徒もたくさん居ます。指導者を求めて、昔の担任を頼る生徒も居ます。このように人が求めることは様々です。
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東京さえも、教師の相次ぐ異動と定年退職などで、言語指導の専門家がいなくなることは、まさに「ろう教育の危機・暗黒時代」に入ってきたといっても過言ではありません。
中日6巡目石井、念願のプロ生活にワクワク「不安は全くない」
◆ 新入団選手10人が選手寮「昇竜館」見学 ◆
中日の新入団選手10人が15日、名古屋市中村区の選手寮「昇竜館」を見学。難聴のハンディを持つ”サイレントK”こと石井裕也投手(23=三菱重工横浜ク)は初めて地元以外の土地での生活となるが「不安は全くない。きれいな施設なので入るのが楽しみ」と念願のプロ生活に心を躍らせた。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
スポニチアネックスOSAKA まるごと名古屋
Unknown (mi333) 2004-12-17 12:55:41
こういうハンディのある選手には
応援したくなります。
応援 (孫悟空) 2004-12-17 18:03:34
コメントをありがとうございます。
スポーツに限らず、どこの分野でも、ハンディを気にしないで
努力する人には必ず応援してくれる人・仲間が出てきます。
障害者へ夢と勇気を、6巡目・石井は背番号30
ドラフト6巡目・石井裕也投手(23)=三菱重工横浜ク=は胸をはり会見の席に着いた。先天性難聴を配慮して、事前に内容の分かる代表質問のみ。だが全体取材から個別取材に切り替えればマンツーマンの受け答えに支障はない。
「プロになるのは小さいころからの夢。うれしいです。不安は全くありません」。さらに、同じ障害を抱える少年、少女たちにもメッセージを送った。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
中日スポーツ
写真でわかるように、マイクを持って話す姿はすごくかっこいいです。
これは早期口話教育の成果であって、ろう学校に行っていたら、プロ入りの夢はできません。
中日:新人選手11人の入団発表
中日は14日、新人11人の入団発表をした。自由獲得枠で最年長の樋口龍美投手(28)=JR九州、背番号21=は「押すところは押し、若々しい投球をしたい」と強調。難聴のハンディを持つドラフト6巡目の石井裕也投手(23)三菱重工横浜ク、30=は「小さいころからの夢がかなった。不安はまったくない。巨人の清原さんと対戦したい」と喜びを語った。落合監督は「(戦力外でなく)自分の意思でプロ球界を去れる数少ない選手に育ってほしい」と苦労人らしい言葉で激励した。
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毎日新聞スポーツ
同じく「ろう教育の”明日”」に載っていた、東京都立大塚ろう学校の濱崎久美子校長の言葉を一部引用します。
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ただし、幼稚部からは、次の書き言葉即ち日本語への渡りを意図的につけていかなければなりません。私たちが英語を学ぶと同じように、意図的に計画的に学習をしなければ別の言語を獲得することは不可能です。私はこの二つの言語の習得をしやすくするのが、赤ちゃんの時から、手話で表現しながら音声で話しかけることだと考えています。
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さすがにベテランの先生で、手話と日本語の違いをよく知っていて、意図的に教育しないと日本語の獲得がむずかしいことを述べています。
しかし「手話で表現しながら音声で話しかける」方法は、一見して合理的のようですが、もし子どもが音声を言葉として理解できなかったら、手話のモノリンガルになる危険性があります。
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書き言葉は次の学習です。聞こえる子供達にとっても書き言葉は新しい学習ですから、学ぶという条件は同じです。ただ、聞こえる子供達が使ってきた音声言語と書き言葉とはあまり違いがなく、手話とそれとは大差があるということです。従って、聴覚障害のある子供達が書き言葉を習得するのは、聞こえる子供達が書き言葉を習得するよりは何倍もの困難を伴います。
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「何倍もの困難」というのはその通りで、だったら手話よりも口話(音声言語)に力を入れたほうがいいのではないかと思います。
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幼児期、つまり幼稚部の時期は、彼らの言語であり共通のコミュニケーション手段である手話による幼児の生活、つまり遊びを聴覚障害児の集団で生き生きと行い、そこでのいろいろな体験を手話と音声言語の両方で言語化し絵や文字で確認し合っていく、このことの繰り返しが幼稚部の役割だと思っています。
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「手話と音声語の両方で言語化」というのは合理的なようですが、実際は口話(音声語)がいい子どもしかできないことです。
手話は目で見て意味がわかりやすく、コミュニケーションが成立する効果が高い言語ですが、使い方次第で良薬になったり、麻薬になったりします。手話を麻薬にしないで良薬にするためには、口話教育で日本語を第一言語(母語・母国語)にすることがいちばん確実なやり方です。
先日、ろう教育を考える連絡協議会の機関紙「ろう教育の”明日”」第42号が届き、日本の聴覚障害教育構想プロジェクト「中間報告」への意見ならびに、8月に広島で開催された第16回ろう教育を考える全国討論集会・第3分科会の参加者アンケートで、久々にボリュームのある内容になっていました。
ろう学校に手話導入が進んでいる一方で、日本語指導に悩む教育現場の声があがっている様子が、次のアンケートで見えてくるようです。
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手話導入が始まって10年位経つろう学校がいくつか出て来ている。特に幼稚部や早期教育での手話導入が日本語の力、学力にどのような効果をもたらしたのかを奈良や徳島などから聞きたいものです。
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10年経っても報告がないのは、日本語指導が低迷していることをよくあらわしています。
私がたびたび警告していたように、早期に手話を導入すれば、コミュニケーションが成立しやすくなって、手話が第一言語(母語・母国語)になります。日本語はどうかというと第二言語(外国語)になって、英語の場合と同じように日本語の獲得が非常に困難になるということはわかりきっていたことです。
手話と日本語を同時に使いこなす人はいますが、ほとんど口話教育で日本語が第一言語になり、そのあとで手話を第二言語にした人です。手話が第一言語で、日本語を第二言語として獲得した人は、デフファミリー(両親がろう者)の一部に限られていて、全体からみれば微々たる数字です。
ですから、最近の「手話をベースにした、日本語指導」は大脳生理学からいうと、左脳にある手話の言語領域に日本語が重なって混乱して、効果があがりません。
手話と日本語のバイリンガルができる人は、左脳に手話と日本語の言語領域がそれぞれ違う場所にあります。
手話が必要な場面では手話の領域に、日本語が必要な場面では日本語の領域に、テレビのチャンネルを変えると同じように、それぞれ瞬時に切り替わるというわけです。
Unknown (トリトン) 2004-12-15 13:16:35
気になるのですが、これほど口話教育を否定するのはどうしてなのでしょうか?
私も口話教育で育ちましたが、子供同士の手話会話の様子や言語習得を見ても当時に使われていた手作り教材や育児記録などに振り返ると、大差が全く見られないようですし首を傾げてしまいます。
当時の自分は、手話はなくあまり喋らなかったそうですが、あくまでも聞こえないだけなので幼い子にしては発声がままならずすぐ喋るのは難しいのは当然の事でしょうか。なんとなくそう思います。日本語獲得の段階では日本語をシャワーのように与えられるにつれて、自分の持つ言葉が増え、ある程度大きくなって発音訓練を受けてからは少しずつ発声するようになったと、成長記録を見ればはっきりと表しています。発声するよりも文字と絵は当然のように自分の言葉だと覚えていたためか、紙とペンが渡されば喜んで書いたり描いたりしたものでした。絵の発達面では市販の子供発達の関連書と見比べてもそんなに普通と変わらないです。
手話に比べて喋らないのは可哀想と思われそうですが、それに応えられる姿勢を持って様々な興味を与えたほうがいいでしょう。また、子供の意思(“これしたい”など)を出来るだけ尊重してあげるといいでしょう。訓練では長時間だと子供には大変なので、30分以内で地道に気長に出来るだけの言葉を与えたほうが辛い訓練にはならないでしょうか。そういう環境があったからこそ、辛い思いはしませんでした。
日本語獲得が課題ですね。
他のコメントに書かれていますが、あとにこのコメントに振り返ってみると口話はまさに基礎工事だなと思わず納得してしまいました。
口話教育 (孫悟空) 2004-12-15 15:23:49
貴重なコメントをありがとうございます。
>これほど口話教育を否定するのはどうしてなのでしょうか?
口話教育を否定する人たちは、自分が小さいときに苦しかった体験と、もっと早く手話を与えてくれなかったのかという不満がほとんどです。
口話教育は、絵と文字と身振りを同時に活用しながら、子どもの興味に合わせて自然に楽しく言葉を話せるようにして、日本語の概念を育てることが目的です。
手話教育はいずれ行き詰まり、口話教育が再評価されてくことは間違いありません。
Unknown (トリトン) 2004-12-15 17:47:22
>口話教育を否定する人たちは、自分が小さいときに苦しかった体験と、もっと早く手話を与えてくれなかったのかという不満がほとんどです。
そういう“苦しかった”というのは、ほとんどろう学校の指導法が原因なのでしょうか?
>口話教育は、絵と文字と身振りを同時に活用しながら、子どもの興味に合わせて自然に楽しく言葉を話せるようにして、日本語の概念を育てることが目的です。
私の体験からすればまさにそうだと思います。そのような工夫を試行錯誤しながらやって欲しいものです。
私は聾教育関係者でもなく、関心あるだけの素人です。
教育ママ (孫悟空) 2004-12-15 18:26:30
>そういう“苦しかった”というのは、ほとんどろう学校の指導法が原因なのでしょうか?
いわゆる「教育ママ」の行き過ぎた家庭教育が、子どもの心を歪めていたのだと思います。中学生になれば、日本語が定着しているのに、相変わらず「手話はダメ!」と干渉するので、なおさら子どもの心が歪んで、家庭と人間関係がおかしくなった例もあります。
Unknown (トリトン) 2004-12-16 13:07:06
聾学校が原因と軽はずみなことを言って申し訳ありません。
なるほど、そのような子供たちが大人になって声をあげるようになったからでしょうか。私の場合はインテグレーションしており、そうならずにすみました。心の問題となると、口話教育とダブってしまって批判するのはどうなのかと思ったりします。
もう少し客観的な考えを持ち、しっかりとした教育と柔軟な支援体制があればなと思います。
素人ながら疑問に答えていただきありがとうございました。
訂正 (トリトン) 2004-12-16 13:10:04
(誤)インテグレーションしており、そうならずにすみました。
(正)インテグレーションしており、そうならずにすみましたが、
すみません。
力強く和太鼓響かせ 南区、難聴学級児童が披露
京都市南区の九条弘道小の難聴学級の児童9人が11日、同区の京都テルサで開かれた「南しゃきょうフェスタ」(市南区社会福祉協議会など主催)で和太鼓の演奏を披露し、力強いばちさばきを見せた。
同小は、二条城北小とともに難聴学級を設ける京都市立の二小学校のうちの1校。難聴学級の児童は、音楽の授業で和太鼓の練習に取り組んでいる。
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京都新聞 電子版
小久保、由伸が手話で野球教室 ろう学校を訪問
巨人・高橋由伸選手会長(29)、小久保裕紀内野手(33)が8日、東京・立川市にある東京都立ろう学校を訪れ「野球教室」を行った。巨人軍選手会が企画した「子供たちと心の交流」の一環。高橋由、小久保はともに「心と心が通じ合うことが大切」と、訪問前に勉強した手話を交えて指導、交流した。この模様は1月4日正午から日本テレビで放送される。
心の底から生徒たちと触れ合いたい。心を通じ合わせたい。高橋由、小久保はいつにない緊張感を漂わせていた。聴覚に障害のある野球少年、少女15人を前に、自ら勉強して覚えた手話を披露。精いっぱい、手を口を動かし、思いの丈をぶつけた。
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小久保、由伸が手話で野球教室
聾学校から歯科技工士への道を開いた今井政一さん
私立大阪歯科大の非常勤講師だった1965年、大阪府立堺聾(ろう)学校に全国で初めて設立された歯科技工科の講師に就任した。それから39年。育てた生徒のうち366人が、聴覚の障害を乗り越え、歯科技工士の国家資格を得た。
「出世競争が激しい大学での生活より、ストレスがない職場と思って」。柔和な顔つきは、教育の現場によく似合う。
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毎日新聞:社会
6日の朝に、大阪のビジネスホテルを出て、午前11時から午後1時までに大阪市内で、人工内耳の子どもと母親に初めて対面しました。
1年以上メールでやり取りしていましたが、私のアドバイスをよく聞いて頑張って、今では音声の言葉を話せるようになっていました。親子のコミュニケーションは、手話が補助的に使われていますが、非常によい状態でした。
親子のプライバシー保護のため、くわしい情報をひかえますが、とにかく実際に目の前で、人工内耳の子どもが音声の言葉で自然に話す様子が見られて、私は非常にうれしく思いました。
あとは、子どもの興味に合わせて楽しくたくさん話すことと、聞いてわかる言葉から手話を減らして音声だけで聞けるようにすること、そして文字に興味を持てば言葉がもっと増えることなどをアドバイスしました。
午後4時に新大阪駅を発って、午後7時半にわが家に帰ってきました。4泊5日の長い出張で疲れて、翌朝9時まで寝込みました。
心の輪を広げる体験作文 (見てください) 2004-12-09 23:45:25
http://niceheart.or.jp/16saiyuusyuu3.txt
情報をありがとう (孫悟空) 2004-12-10 09:47:36
どなたか、わかりませんが、情報提供に感謝します。
翌3日の朝に京都を発って、昼ごろに広島に到着しました。好天気が続いて、12月にしては温かいというより暑い感じでした。原爆資料館・平和記念公園を歩きながら、南方向に向かうと、日本聾史学会広島大会の会場があるアステールプラザに着きました。4時から9時まで運営委員会の会議に出席しました。
4日の午前11時すぎから会員の定期総会、午後1時から原爆資料館メモリアルホールに全国から150人以上が参加して、式典とビデオ上映があり、3時からABの2コースに分かれて、資料館のガイドと広島県における聾史の紹介がありました。
6時からアステールプラザで基調講演があり、9時から近くの喫茶店を借り切って交流会で飲んで食べて楽しみました。
大会最終日の5日は、午前9時から正午まで5つの分科会(入門講座・ろう教育の歴史・ろう者と戦争・ろう女性の歴史・手話の歴史)で、活発な意見交換がありました。女性の歴史分科会の司会が直前で来れなくなったので、私が司会の代理をつとめて盛り上げました。
午後1時から3時まで、個人研究論文6本の発表があり、分科会の報告で、3時半に大会を締めくくりました。会場をあとにして、広島から新幹線で新大阪に向かって、新大阪駅に近いビジネスホテルに泊まりました。
全国から集まる大会は、地方の大会とちがって、そうとうレベルの高い人がたくさんいるので、いい刺激になりました。
写真で、いちばん前列のどこかに私が写っています。
2日(木)の朝8時に金沢駅を出発、昼すぎに京都駅に到着して、市内バスで五条坂に向かいました。京都に降りたのは、歴史取材のためで、清水寺に通じる坂より右手の大谷本廟内の通路を上がって、「青木聾米」の墓を探し回りました。京焼の陶工として有名な青木木米が中年になって難聴になり、数々の美術作品に「聾米」の銘を残しました。
好天気のなかを20分ほど歩いたところで、墓が見つかってデジカメ写真に収めて、広島大会の個人研究発表の資料として間に合いました。
次に、電車で嵯峨嵐山駅に向かって、駅を降りたすぐ左手に「全国手話研修センター」=写真=がありました。センターに入ると、ちょうど全日本ろうあ連盟副理事長の高田英一氏に会って、事務所に案内してもらって、研修センターや情報提供施設、聾史学会、ろう教育など多岐にわたって、話をする幸運に恵まれました。
夕方に、京都駅前のビジネスホテルに泊まりました。
全国手話研修センターについて、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
全国手話研修センター
ただいま広島から帰ってまいりました。あす広島大会のリポートをアップします。
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2004/12/05 空襲体験発表や資料館見学 聾史学会広島大会が開幕=広島
ろう者に関する歴史研究を発表する「第七回日本聾(ろう)史学会広島大会」(同実行委主催)が四日、広島市中区の広島平和記念資料館を主会場に開幕し、全国から約百五十人が参加した。
同学会(伊藤政雄会長)は、ろう者の視点でろう者の歴史を掘り起こそうと一九九八年に発足、全国各地で毎年大会を開いており、県内では初開催。開会式で、県ろうあ連盟の大西章雄理事長が「被爆ろう者は七十人近くいたとされるが、県内のろう者の歴史はよく分かっていない。この学会を意見交換の場にしていきたい」とあいさつした。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
YOMIURI ON-LINE 関西
12月4・5日の日本聾史学会広島大会に参加のため、あす2日から6日まで広島へ行ってきます。
北陸と山陽の列車乗り換えが時間的に不便なことと、3日の学会運営委員会に出なくてはならないので、延べ5日間のスケジュールになりました。広島へ行く途中で、京都に立ち寄り、広島から帰る途中で大阪に立ち寄る予定です。
広島大会について、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
日本聾史学会広島大会
石井 頑張れメールに活躍で恩返し
中日がドラフト6巡目で指名した石井裕也投手(23)=三菱重工横浜ク=と、同8巡目で指名した小山良男捕手(24)=JR東日本=の入団が30日、決まった。石井投手には契約金6000万円、年俸1200万円。小山捕手には契約金8000万円、年俸1200万円を提示し、いずれも合意に達した。また、10巡目指名の鎌田圭司内野手(25)=トヨタ自動車=に水谷スカウトらが愛知県豊田市のトヨタスポーツセンターを訪れ、指名のあいさつをした。
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中日スポーツ12月1日号記事