blog言葉と心を育てる★難聴学園★2004

富山で韓国ろう者講演会  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-30 23:55:41

きのうの夜7時に、となりの富山県へろう協講演会に行ってきました。講演した人は、韓国ろう協の役員を務めている男女2人で、最近の韓流ブームで平日の夜間にもかかわらず、会場は100人以上のろう者・手話サークル会員などがつめかけていました。

以前にも書いたように、私の妻は富山ろう学校の卒業生で、富山の同級生から講演会の誘いを受けて行ったものです。

講演の内容は、韓国の歴史や文化・北朝鮮・手話のちがいなどで、質問に立つ人が多くて、テレビの「秋の童話」に主演のスンホンが兵隊に行ったことなどで、盛り上がりました。
ろう者社会では、今来日中の「冬ソナ」のヨン様よりも、眉毛の太いスンホンのほうが男らしくてカッコよくて人気があるようです。
兵隊に行けば、2年間の厳しい訓練が待っていますが、除隊後は有力企業から求人がたくさんあるということでした。

韓国のろう教育について質問が出ましたが、国立と私立で4つのろう学校があるというだけで、くわしい情報は聞けませんでした。

また、北朝鮮に旅行した人の話によると、平壌市内で身体障害者の姿はおろか、手話で話すろう者の姿を見たことがないそうで、何か不気味で謎の多い国と思いました。


内言と外言  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-28 23:58:15

内言とは、音声を伴わない自分自身のための言語であり、思考時に使用される。一方、外言とは音声言語であり伝達の機能を果たす。
(臨床心理学より)
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ふつうの人がコミュニケーション(会話)するときは、音声語で話します。
ろう者ならば、コミュニケーションするときに、手話で話すので、ほとんど音声語の必要がありません。

それから、ふつうの人が日本語の文章を書くときは、ほとんど音声語なしで黙って書いています。
ですから、ろう者も音声語がなくても、日本語の文章が書ける−と主張している人がいます。

しかし、黙って書いているように見えても、実際は完全に黙っているわけでなく、頭のなかで日本語の文章を考えながら書いています。ブツブツと口を小さく動かして独り言しながら書いている人もいます。

したがって、頭のなかで日本語とちがう手話で考えている、ろう者には正しい日本語の文章が書けないということになります。

口話教育は、聞こえる人と同じように音声語を話せることを目的にしているのではなく、たとえ不明瞭な音声語であっても、頭のなかに正しい日本語の文章を組み立てるためにあります。
例えば、「おはよう」が「オアオウ」と発音がおかしくても、頭のなかで「おはよう」となっていればいいのです。

内言と外言について、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
臨床心理学


石井投手:ディリースポーツより  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-27 21:14:55

石井が特別待遇に“NO”

 特別扱いはしないでください―。中日・石井、仁村両スカウトは25日、横浜市西区の三菱重工横浜に6巡目指名の石井裕也投手(23)を訪ね、契約金6千万円、年俸1200万円を提示した。仮契約は次回交渉日の30日に持ち越されたが、竜のサイレントKは“VIP待遇”を拒否した。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
デイリースポーツ

>スカウト陣から示されたグラウンド内外での支援を石井サイドは丁重に断った。

「グラウンド内外での支援」というのは、具体的には手話通訳・要約筆記などの情報支援と思われますが、石井投手が「ほかの人と変わらずに接してください」といって断ったことは、難聴のハンディを努力で克服するということで、さすがと思います。


石井投手:中日スポーツより  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-26 20:30:06


入団交渉を終え、グラウンドで練習する石井裕也=横浜市金沢区の金沢グランドで(石原佳子撮影)

竜・6巡目石井、勇気与えます、ドーム招待&1軍で恩返し

 中日のドラフト6巡目指名、難聴の障害を乗り越えた快速左腕の三菱重工横浜硬式野球クラブ・石井裕也投手(23)が25日、近い将来、障害者を招待する「夢プラン」を明かした。ドラフト指名後、同じ障害を持つ親らから激励のメールが相次いで届いていることに、石井は感激。1軍マウンドで活躍し、主力投手に入ったら“石井シート”を設けるという。この日は中日の石井、仁村両スカウトが横浜市の三菱重工横浜製作所本牧工場を訪ね、同クラブ関係者を交えて、第1回の入団交渉を行った。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
中日スポーツ11月26日号記事

三菱重工横浜硬式野球クラブ


「ミス・アメリカは聞こえない」の本  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-25 23:02:25


ネットで「ミス・アメリカは聞こえない」という本を購入して、読んでみました。
この本は、1歳8カ月で突然聴力をうしなった娘を、聴覚口話で育てて、95年度ミス・アメリカに選ばれるまでの母親による記録です。

アメリカのろう教育は、手話・トータルコミュニケーション・キュードスピーチ・多感覚口話・聴覚口話と5つの選択肢があって、母親としてどれがいいのか迷うものですが、聴覚口話で育った子どもと会話できたことが決め手となりました。

ミス・アメリカに選ばれた娘は、現在結婚して、生まれた子どもと会話するために、人工内耳をつけたということです。

この本について、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
おすすめの本

もし、母親が手話を努力しておぼえて、親子で会話できたとしても、ほかの家族や親戚・近所の人たちと会話できませんから、子どもが将来聞こえる社会のなかでやっていけるのかどうか、非常に不安があります。

聴覚口話によって、親子の会話ができれば、家族・他人の会話につながり、文章の読み書きができて、たくさんの知識が得られて、聞こえる社会のなかでやっていける自信がつきます。

もちろん、手話を否定したわけでなく、高校のときに音声語対応手話を、大学のときに伝統的なアメリカ手話を学んで、ろう者社会と聴者社会のどちらにも適応できるようになっています。
これはまさしく難聴学園の「日本語は第一言語で、手話は第二言語」の主張とよく一致しています。


レベルアップで社会貢献  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-24 21:46:21

このところ、石井投手の話題ばかり続いていますが、プロ野球の選手になる夢は昔、私がいたろう学校でも男子生徒のほとんどはソフトボールと野球が盛んで、ちょっと能力があると「将来はプロ野球になりたい」という生徒が何人もいました。

ろう学校を卒業して、社会に出てからも、仕事が休みの日(日曜日)に、母校ろう学校や中学校のグラウンドに集まって、ろう協の野球部として練習して、いろんな会社や母校ろう学校と練習試合をしたり、北信越ろうあ者野球大会に出場したりして、好きな野球を続けていました。
私は言葉が話せるので、マネージャーとして中学校の先生と交渉したり、昼食の手配をしたり、試合のときはスコアブックに記録したり、選手が足りないときに補欠で出たり、あるときは審判をつとめたこともありました。

ろう学校の体育授業で、野球のほかにもバレーボール・バスケットボール・バトミントン・テニス・水泳・卓球・柔道・相撲・陸上などもやっていましたが、野球がいちばんの人気だったのは「カッコイイ」ことと「プロ野球の夢」があったからだと思います。

しかし、ろう学校やろう協が主催する野球大会に、家族・先生・仲間がおおぜい集まってきても、野球の技術レベルは全体的に「草野球」以下ですから、プロはおろか一般社会で注目されるはずがありません。いつの間にか「プロ野球の夢」が消えてしまいます。

ですから、本気でプロ野球の選手になりたいなら、ろう学校やろう協の閉鎖的でマイナーな世界から抜け出して、聴者社会のメジャーな世界に飛び込んで、「プロの目」が集まるレベルの高い高校野球や社会人野球で、自分の実力をアピールする努力を続けていかなくてはなりません。

野球・スポーツに限らず、どんな分野においても、レベルの高いメジャー(地域社会)で、自分のレベルアップをすれば、周囲から注目され期待され、良い結果を出せば評価され感謝されて、それが「社会貢献」となって、自分の「心の居場所・アイデンティティ」を見出すことが出来ます。


ニュース配信より:石井投手  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-23 10:22:54

ナガサキ通信:サイレントK /長崎
 先日あったプロ野球の新人ドラフトは、重複指名のない無風ドラフト。だが、その中でもドラマはあった。

 中日6巡目指名の三菱重工横浜クラブの左腕、石井裕也投手(23)。「感音性難聴」で生まれつき左耳の聴力がほとんど無く、右耳に付けた補聴器で音を拾う。

 だが、並外れた運動能力で高校時代から頭角を現す。速球を武器に横浜商工高(現横浜創学館高)のエースとなり、3年の夏に神奈川大会で5試合を投げ、ベスト8入り。三振を多く取り、野茂英雄投手の「ドクターK」をもじって「サイレントK」と呼ばれた。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。

MSN-Mainichi INTERACTIVE 都道府県ニュース


難聴のプロ野球選手  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-22 23:04:47

プロ野球で、石井裕也投手の前に、難聴の選手がいたということで、調べてみました。

元福岡ダイエーホークスの「カズ山本」こと山本和範氏で、すでに引退しています。
下のリンクで、ご覧いただくと「難聴に悩まされ」という文があります。

カズ山本ビデオ紹介

ネットでもっと調べてみると、カズ山本氏は片耳の難聴で、会話が困難というわけではなく、今でも子どもたちのために野球教室をやったり、講演会に招かれたりしています。

オリックスと近鉄が合併して、残った現役の選手で、的山哲也捕手も片耳の難聴といわれています。

生まれつきの難聴で、左耳は聞こえず、右耳に補聴器を付けて、1対1でかろうじて会話できる重度難聴の石井投手は、本当の意味で「日本で最初の難聴選手」であって、高い評価と期待を受けています。

以前に掲示板で紹介しましたが、アメリカの大リーグでヤンキースの松井秀喜選手といっしょに外野手としてプレーした、プライド選手も重度の難聴で知られています。今はほかのチームに移籍したようです。


石井投手の一問一答  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-21 21:35:32

中日スポーツ11月18日の一面トップに載っていたものを以下転載します。
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 石井☆一問一答

 −指名された時の気持ちはどうでした
 石井「子どものころからの夢だった。夢がかなった喜びでいっぱいです」
 −指名されない不安もあったのでは
 「そうなったら、あと1年このチームで頑張ろうと思っていました」
 −中日の印象は
 「うーん。指名にびっくりしている。名古屋の印象は手羽先です」
 −落合監督についてはどんなイメージが
 「厳しいイメージです」
 −入団したらどんな打者と対戦したいですか
 「清原(巨人)さん。自分の持ち味の真っすぐで勝負してみたいです」
 −プロに入った後、コミュニケーションに不安はありますか
 「積極的に話しかけていきたい。1対1で話しやすい環境なら大丈夫だと思います」
 −1年目の目標は
 「とにかく1軍を目指します」
 −目標にしている選手はいますか
 「名字が同じ石井一久投手です。パワーピッチャーですから。ぼくもプロの打者とストレートで勝負したいと思っています」
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>−プロに入った後、コミュニケーションに不安はありますか
>「積極的に話しかけていきたい。1対1で話しやすい環境なら大丈夫だと思います」
いちばん気になるコミュニケーションについて、このようにはっきりと答えたことは見事としかいいようがありません。

「手話を第一言語にして、ろう学校に行くべき、ろう者であることに誇りを持つべき」という<ろう文化主義>では、プロ野球の選手になることは不可能で、口話教育で日本語を獲得して、インテに進学して、高校野球や社会人野球で実績と実力をアピールしていたからこそ、夢が達せられたのです。

石井投手の生い立ちについて、くわしい情報は下のリンクで「サイレントK」の本でご覧下さい。
サイレントK


難聴の石井投手:中日スポーツより  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-20 07:00:04


石井、同郷 先輩山本昌に弟子入り

スカウトの話を聞く石井=神奈川県横浜市の三菱重工本牧工場で

 同郷の大ベテランに弟子入り志願だ。中日からドラフト6巡目で指名された三菱重工横浜ク・石井裕也投手(23)が18日、横浜市中区の同社横浜製作所で早川チーフスカウトと石井スカウトの指名あいさつを受けた。同じ神奈川県出身の山本昌投手(39)に「いろいろ教えていただきたい」と目を輝かせた石井は、鉄人左腕の門下生となり、難聴というハンディを吹き飛ばしプロの荒波を乗り越える覚悟だ。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
中日スポーツの記事

写真には、石井投手の右耳に補聴器が付いています。


九州一周の旅−6  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-19 23:06:57


九州6日目は、朝8時半に大分のホテルを出て、国道を北上して、9時過ぎに別府のフェリーターミナルに行きました。フェリーの船体に鮮やかな日の出マークで知られる関西汽船の「さんふらわあ」号で、洋室の一等2段ベッド(4人)の部屋が予約なしで確保できました。

フェリーの出航は午後7時とまだ時間があるので、別府温泉の地獄めぐりに行きました。龍巻・血の池・坊主・海・山・カマド・白池・鬼山・金龍の各地獄9ヶ所で、血の池地獄=写真=は赤い粘土の色で染まったものだそうで、うちの女房と友人の女2人が足湯につかってみました。

別府温泉の地獄めぐりに興味がある方は、下のリンクでご覧下さい。
別府地獄めぐり

午後2時ごろになって、すぐ近くにある「ひょうたん温泉」に入って、温泉につかって、食事して、ゆっくり休憩してから、5時すぎにフェリーターミナルに向かいました。

フェリー「さんふらわあ」に乗り込むと、神戸から新門司のフェリーよりも船内も部屋も一回り広くて、しかも振動が少ないので、快適なものでした。


九州一周の旅−5  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-18 23:05:56


九州5日目は、鹿児島から雨の中を高速道を走って、宮崎市内に入るとカラリと晴れて、フェニックスの並木が見えて、南国らしい実感がわいてきました。まずフェニックスとハイビカスが植えられ、川を眺めながら散策ができる橘公園に行ってみましたが、適当な駐車場がなかったので、やむなく私だけ車の中で待機して他の3人が散策を楽しみました。

次に宮崎神宮・平和台公園・はにわ園を見て回りました。平和台公園=写真=の中心に立つ平和の塔は高さが37mという大きなもので「八紘一宇」の文字が刻まれていました。この文字は日本書紀の「掩二八紘一而為レ宇」からきたもので、天下を一つの家のようにすることだそうです。

平和台公園のすぐ横に、はにわ園があって「わたしたちの手話」旧版の表紙に使われていたものがありました。公園には真っ白できれいなハトが数十羽集まっていて、じかに見るのは初めてでした。

宮崎のあとは、国道を何時間も走って、途中で温泉センターに入って疲れを癒して、夕方に大分駅前のホテルに着きました。


石井投手が中日スポーツの一面トップに  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-18 08:26:11


プロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから指名を受けた、難聴の石井裕也投手が中日スポーツ新聞の一面トップに掲載されていました。

うちの娘は、中日ドラゴンズのファンで「これはすごいこと」とびっくりしていました。
私もきょうから中日ドラゴンズのファンになります。来シーズンの開幕が楽しみです。

下のリンクで、中日スポーツの記事をご覧下さい。

中日スポーツ


九州一周の旅−4  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-17 22:03:34


九州4日目は、熊本から高速道で南の鹿児島方面に向かい、さらに国道を南下して、知覧特攻平和会館に行きました。知覧は7年前にうちの娘が案内してくれたところで、太平洋戦争の末期、沖縄決戦において特攻という人類史上類のない作戦で、爆弾搭載の飛行機もろとも肉弾となり、一機一艦の突撃を敢行した多くの特攻隊員の遺品や関係資料を展示しています。
特攻隊員の崇高な犠牲によって、いまの国の平和があり、生かされているのだと思うと、すごく感動的になって手を合わせたくなります。

知覧のあとは、国道を北上して鹿児島市内に入って、城山公園・黎明館・南洲神社を見て回りました。小高い丘にある城山公園から眺めた桜島は、山の頂上から噴煙が出ていて、生きている火山島という感じでした。
黎明館では明治維新などの歴史がよくわかるように展示されていました。南洲神社の横に墓地があって、ひときわ大きな西郷隆盛の墓が周りを従えるように建っていました。

連日の晴天で、鹿児島あたりになると、気温が27度ぐらいに上昇して、夏の暑さに戻ったような感じで、車内はエアコンを入れっぱなしでした。


石井裕也投手は中日に決定!  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-17 18:56:18

難聴の本格派左腕「サイレントK」として期待されていた石井裕也投手は、きょうのプロ野球ドラフト会議で、予想に反して中日の6巡目で指名を受けました。

難聴の選手がプロ野球ドラフト会議で指名を受けたことは、日本で初めての快挙です。

下のリンクで、ドラフト会議の速報をご覧下さい。

ドラフト会議2004|速報


プロ野球ドラフト会議  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-16 23:00:33

あす17日午後2時から、プロ野球の新人選手選択(ドラフト)会議が、東京都内のホテルで行われますが、先天性の難聴にもかかわらずMAX146キロの速球と、キレのある変化球を武器とし、横浜商工時代から“サイレントK”の異名をとる、三菱重工横浜硬式野球クラブの石井裕也投手が即戦力左腕として期待されています。

すでに、阪神・中日・巨人・ヤクルト・日本ハム・オリックス・横浜の7球団が候補にあげていますが、日本ハムか横浜のどちらかに3・4巡目あたりで指名が決まる可能性が高いようです。

石井投手の活躍について、くわしい情報(2001年)は下のリンクでご覧下さい。
スポニチの石井投手


九州一周の旅−3  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-16 22:30:07


九州3日目は、長崎から国道で島原に行き、島原から熊本までをわずか30分で海上を走る高速フェリーの切符を確保したあとで、島原城を見物しました。
高速フェリーに乗ってみると、ふつうのフェリーより倍ぐらい速くて驚きでした。速いばかりでなく、料金も安い(大人650円・小学生以下330円)ので、たくさんの乗客がいて、よく切符が取れたものだと思いました。

熊本に着くと、真っ直ぐに阿蘇へ向けて、火口付近までに行きました。この日も天気がよく、目の前に巨大な火口の底に青い湖が見えて、熱で白い蒸気ガスが盛んに出ていました。

阿蘇のあとは、熊本市内にまいもどって、熊本城を見物しました。熊本城は日本の3名城のひとつにあげられるほど、豪壮な造りでしばし見とれていました。観光客が多いことから人気のほどがわかります。


九州一周の旅−2  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-15 22:48:10


九州2日目の朝に福岡のホテルを出て、高速道で長崎に行きました。まず平和公園でテレビニュースでよく見る平和祈念像が思っていた以上に大きいのにびっくりしました。

次に、浦上天主堂・原爆資料館・日本二十六聖人殉教地・崇福寺・大浦天主堂・グラバー園を見て回りましたが、二十六聖人と崇福寺以外はいずれも修学旅行の中高生たちでにぎわっていました。

原爆資料館は、広島で見たもの以上に悲惨な出来事をよく伝えてあって、平和を願う気持ちがこめられていました。

長崎で思い出すのが、ろう者で初めて被爆者を代表して手話で「平和の誓い」を述べた山崎栄子さんです。
下のリンクで、山崎さんの記事をご覧下さい。

被爆者代表 山崎栄子さん


九州一周の旅−1  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-14 22:50:34


きのう13日(土)の夜に、九州一周の旅から帰ってまいりました。

6日の朝に金沢を出発して、ろう者友人夫婦を車に乗せて、高速道で神戸に行き、夜行のフェリーで翌7日(日)の朝に九州の新門司に着きました。夜行のフェリーに乗るのは初めてで、予約なしで出発の2時間前にもかかわらず、一等(洋式の4人専用2段ベッド)の部屋がとれました。
船内の夕食は、セルフサービスで希望のものを皿にのせて清算して食べるシステムでした。

新門司港から国道で小倉市へ行って、小倉城を見物しました。雑誌などで見た城は小さい城のイメージでしたが、実際に見るとなかなか立派な城でした。小倉の次は高速道で太宰府へ行って、太宰府天満宮を参拝しましたが、ちょうど「七五三」で境内は親子づれで混雑していました。

太宰府の次は国道で福岡市へ行って、福岡タワーに上がりました。福岡市は3度目で、以前はタワーから福岡ダイエードームがよく見えたのですが、今回は間に高層ビルが建って、ドームの一部しか見えませんでした。タワーの次にドームに行こうとしましたが、日曜のためか車も人もすごい混雑で、駐車場に入れないで断念しました。


九州一周ドライブへ  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-05 21:31:27

あす6日(土)の早朝から九州へ、友人夫婦と合わせて4人でドライブに出発します。

金沢から大阪までは高速道で、大阪からフェリーで九州の門司へ、小倉・福岡・長崎・熊本・鹿児島・大分へと一周して、フェリーで大阪へ、13日(土)の夜に金沢へ帰宅の予定です。

7年前に、金沢から鹿児島まで家族3人で高速道を走ったことがありますが、今回は運転が私ひとりで体力も心配なので、フェリーを利用していくことにしました。

14日(日)にリポートと写真をアップできると思います。
それでは、行ってまいります。


テレビニュースの新潟地震から  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-04 20:52:47

きょうのNHK総合テレビのニュースで、新潟県中越地震について、聴覚障害者の状況が映っていました。
地震が起きてから間もなく外に出てみたら、近所の人がだれもいなくなって、どこへ行ってしまったのかと心配していました。

やっと避難所がわかって落ち着いても、文字で伝える情報が少ないので、どうしていいのかわからず不安になっていました。

家に置いてあるFAXで連絡があったのは、地震が起きてから3〜4日後で、携帯メールのほうが情報が早く伝わりますが、いつも携帯を持っている聴覚障害者(ろう者・難聴者)は一部に限られています。

聞こえる家族(親・兄弟・子ども)を持たず、日本語の読み書きができないろう者家庭ほど、災害情報から取り残される「情報弱者」になってしまいます。

いざ災害になっても混乱しないように、日頃から建物の構造や地理・地形・道路・通信・避難場所(学校)などを把握して「災害に備える」ことが肝心といえます。


大都市の教育レベル  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-03 23:57:38

私が22歳になったころ、京都で初めての全国ろうあ青年研究討論会が開かれて、地元石川県から先輩の2人とともに参加しました。それまで北信越ろうあ者大会に参加して県外の成人ろうあ者に会っていましたが、全国レベルの大きな集会は初めてのことでした。

研究討論会には全国各地からおよそ300名を超える若いろう青年が集まったのですが、北信越大会とちがって、口話に手話をつけた発言(日本語対応手話)が多く、知的レベルが高いことに驚かされました。

特に京都・大阪・東京のろう青年に優秀な人材が多く、のちにほとんどが全日本ろうあ連盟の幹部になったり、ろう学校の先生になったりしたので、やはり大都市のろう教育レベルは地方よりも高いと感心したものでした。

しかし、あとで幹部の経歴を調べてみると、ほとんどが7歳以降に失聴して、ろう学校からインテを経て大学を卒業した人でした。つまり、すでに日本語を獲得したあとであって、ろう教育のレベルが高いというわけではなかったのです。

生まれつきのろう・難聴で優秀な人材は、筑波大学附属ろう学校で口話教育を受けて、インテして大学を卒業しています。全国のろう者全体からみれば、ごく少数の成功例であっても、口話教育の恩恵を受けていたことはあきらかです。


ニュース配信より:新潟中越地震  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-02 23:26:45

新潟中越地震:聴覚障害者の通信に最新ITが大活躍

 新潟県中越地震の被災地で、テレビ電話機能付きパソコンが、聴覚障害者の通信手段として活躍している。聴覚障害者が、情報が足りない避難所でひときわ不自由を強いられているのを知った仙台市のIT企業が、運用を呼びかけた。聴覚障害者同士や福祉施設との間で、インターネットを利用した手話や文章などで最新情報を交換している。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
MSN-Mainichi INTERACTIVE コンピューティング


「手話と補聴器で歩んだ道」の本  投稿者:孫悟空 投稿日:2004-11-01 23:35:38

ネットで「手話と補聴器で歩んだ道」という本を購入して、読んでみました。
この本は、京都の西田一先生が耳鼻科医師の息子として生まれながら17歳で聴力を失い、ろう学校の教師として様々な困難に出会いながらも前向きに進んできた歩みを『手話通訳問題研究』に10回に渡って連載されたものをまとめたものです。

目次のなかにある「非国民」というのは、戦時中に徴兵検査で聞こえなかったために「非国民」と書類に書かれて、悔しい思いをしたものでした。

「11月18日事件」は、京都府立ろう学校で生徒会が教師の差別行為に抗議して授業をボイコットした事件でした。

「年金裁判」というのは、ちゃんとした大学で中学と高校の教諭免許を取りながら、ろう学校の校長から「聞こえないから」と助手に採用され、8年半かかって教諭に昇任して、20年勤務で定年退職になったのですが、受け取る年金が同じ勤務年数の教師よりも少ないことや他の教師が無試験で教諭に昇任していたことなどで「障害者差別である」として、教育委員会を相手に裁判で争い、勝訴になったものでした。

この本は、聴覚障害者の差別問題を考えるうえで多くのことを教えてくれます。

本に興味がある方は、下のリンクで、ご覧下さい。
手話と補聴器で歩んだ道


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