BBSセミナー「難聴学園」


あと1日あまり 投稿者:孫悟空  投稿日:12月30日(月)23時38分29秒

今年も残すところ、あと1日あまりとなりました。

皆様、良いお年をお迎え下さい。


口話教育は不滅 投稿者:孫悟空  投稿日:12月30日(月)01時08分20秒

今年もあと2日を残すばかりとなりました。

インターネットを長く続けていると、どこからかソフトのバージョンアップの
案内メールが届いてきます。
同じメーカーが同じソフトを開発・研究を続けていくと、高機能化・改良で
バージョンアップして、ますます完成度が高くなっていきます。

ろう教育・インテの場合も同じことがいえますが、ろう教育には100年の
歴史があり、口話教育も80年の歴史と実績があります。

口話教育がすぐれたところは、
1)聞こえと発語が早いほど明瞭な声で話せるようになる
2)正しい日本語の読み書きができるようになる
3)日本語で物事を考えるようになる
4)一般社会において、対等な人間関係ができるようになる
ことで第一の母国語になり、そのうえに立って手話を第二の母国語にすることで
自己の帰属集団とアイデンティティを確立します。

口話教育はたしかに困難な教育でありますが、草創期に比べて効率的な教育法に
改良(バージョンアップ)されているので、小学校に入るまでに口話と日本語の
読み書きを獲得することも難しくありません。

ろう学校の新卒業生で口話に優れた生徒を称える「川本口話賞」は、口話教育
の普及で目的を達成して廃止となりましたが、口話教育は永遠に不滅です。


大阪のライバルろう学校 投稿者:孫悟空  投稿日:12月28日(土)23時59分29秒

先のたつこさんが書かれた「適正教育」「人間教育」は、どこかのフリースクールの
謳い文句のようですが、もともとは大阪市立ろう学校の高橋潔校長が独自の「ORA
システム」で適性教育を進めたことに始まったものです。

以下、名寄市立短期大学の清野茂先生の研究論文から一部引用します。
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15年3月、大阪医専教授加藤亨はJOKB、大阪放送局を通じて講演や口話法の実演
を行なう等、口話法教育の大阪での実施をめざし、活発な活動を展開していた。加藤は
高橋に対して直接、間接に口話の導入、手話の排除を迫るが、高橋はあくまで、手話の
必要性を主張、加藤は独自に聾学校を設立、以降両校の対立的な関係が長く続く。
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大阪市立ろう学校の手話教育に対して、加藤亨先生が口話教育のろう学校を設立して
以来、両校は「手話と口話のライバル校」として全国的に知られていました。
昭和28年に高橋校長が退任しましたが、その直後に「ORAシステム(手話)」が
なくなっていました。退任後もシステムを支えた先生のスタッフが多数同校に残って
いたはずですが、なぜか口話教育に変わってしまったのです。

口話教育のろう学校が設立してから、高橋校長が退任するまでの28年間で口話教育と
手話教育の成果を比較した結果として、口話教育が優れていたことが立証されたため
ではないかと思われます。

下のリンクで、大阪府立生野ろう学校の沿革をご覧下さい。
編集済

http://www.edu-c.pref.osaka.jp/~f11994m/school/gakkou-enkaku.htm


補聴器 投稿者:孫悟空  投稿日:12月28日(土)01時55分10秒

けっこう日本語ができる20・30代の若い後輩に聞くと「親の指導が厳しかった」
と同じように言っていました。
結果がよければ、厳しい指導・訓練を虐待と思わないでしょう。

私のときは、ろう学校に幼稚部がまだない時代でしたが、聴力は60デジベルで、
聴能訓練室で大きなヘッドフォンを頭にかぶせて、口話訓練を受けました。
ほとんど発声がいいので、すぐに終わって、ほかの生徒が苦しそうに訓練を続けて
いるのを横目で見ていました。
当時の補聴器は、今でいうと30万ぐらいの高価なもので、付けている生徒は
わずかでした。

ろう学校のなかでは、先生の口話が大きくてわかるし、生徒どうしは手話で
会話していたので、補聴器を使うことはあまりありませんでした。
社会に出てから、口話と手話が使えないので、補聴器を積極的に使うように
なりました。

ろう学校で補聴器を付けていて、社会に出てから使わなくなったという例が
ありますが、それは補聴器の効果がなくて義務的に付けていたと思います。


そうそう、女の子でした 投稿者:カエルのパパ  投稿日:12月27日(金)19時52分13秒

相手の口の動きを自分の目で見て、口の動きを真似て自分の口を動かし、一つ一つの音を感知し、言葉につなげていく・・・

息子も読話をしますがそんなに正確にできるわけでなく、レベルが一つ上の感じです。
本も沢山読んでいたようで、外で飛び跳ねてた息子とは大違いです。彼らの頑張りには頭が下がると同時に僅かとはいえ聴力が残っている有り難味をしっかり感じさせられました。


虐待に関しては、漫画に出てきた大正の時代の話と錯誤しているのではありませんか?

漫画の時代は、子供にとっては理不尽と言う大人の拳骨の時代だったはずです。虐待などとは今の時代だからいえる言葉で、当時としてはありきたりの風景だったと思います。

確かに例の2人も教育相談・幼稚園年少さんの頃は相当厳しかったようですが、年長さんぐらいになるともう何もしていなかったようです。一度お母さんに話を聞いた事がありますが、「キューと絵カードを利用して読話の“基本”と、毎日勉強する“習慣”をつけただけ。今は時折発音修正と言葉使いを教えるだけで、全部本人たちが自分でやっていくから私たちは暇なの。でも、以前の毎日4時間勉強させるのは辛んどかったよ。」って言っていました。
子供の自我が目覚める小学生の頃には、厳しい訓練をした自覚がなく楽しそうに遊んでいました。しばらくして2人ともインテしていったのは言うまでもありません。

孫悟空さんも言語臨界期があると仰っていますが、私も4・5歳まで、遅くとも小学一年生までだと思っています。

>つまり、先生が手を出さないで、親御さんに訓練をやらせるわけです。
別に面倒な問題が起きるからではなく、こんな時期の訓練は親以外では出来ないですよね。
もしも小学校高学年になってからこんな訓練を行なう教師がいたら、教師失格でまさに虐待教師と呼ばれることでしょう。親がさせたなら無責任との誹りを免れないでしょう。

親の行なうこうした厳しい訓練は虐待などとはほど遠いもので、多分心の中では涙を流しながら行なっていたと思います。
この2人の姿は今も私の目には鮮明に焼き付いています。

私の息子も親はほとんど何もしなかったのですが、この二人に遊んでもらった影響が大きいように感じています。



訓練と興味 投稿者:孫悟空  投稿日:12月27日(金)00時13分08秒

どこかのページで「口話教育は虐待である」という過激な文章を見かけました。

口話教育の訓練で、口話がうまくできないと、頭をぶつ・口の中へ指をつっこむ・
廊下に立たせる・体罰を与えるなど、身体的な苦痛になるものはあきらかに虐待と
いうべきものですが、それ以外に訓練がきびしいだけでは虐待といえません。

訓練か虐待かどうかは、受ける者(子供)の主観に大きく左右されますが、学校の
先生が手を出すと面倒な問題になりやすいので、親御さんが訓練の責任をとらされ
ます。つまり、先生が手を出さないで、親御さんに訓練をやらせるわけです。

しかし、なかば強制的な訓練よりも、子供が興味を持てるように楽しくやるほうが
ずっと教育効果があがります。
「この本を読みなさい」というよりも「この本はすごく面白い!」と親が楽しんで
いると、子供も興味をもって「この本を読んでみたい」と思うようになります。

プロゴルフで有名なタイガー・ウッズの父親は、息子のタイガーが「ゴルフをやり
たい」というまで、いっしょにゴルフ場に通い続けていたということです。


バイリンガル教育で失敗したら 投稿者:孫悟空  投稿日:12月25日(水)23時10分29秒

カエルのパパさん、お久しぶりのご投稿をありがとうございます。

>では手話でのバイリンガルに失敗したらどうなるんでしょう?

>一般社会に背を向けたバイリンガル教育で不成功に終わった子供は、社会において
>如何なる立場に立たされるのでしょうか?

手話でのバイリンガルというのは「手話を第一言語として獲得したうえで、書記
日本語を第二言語で獲得する」ものですが、これが失敗したらおしまいで、社会
に出たときに日本語ができないと、自分の思いを伝えられないので、手話で他人
の通訳・世話に頼って、非常に肩身のせまい生き方をさせられてしまいます。

いちど日本語(口話・書記)を獲得してしまえば、手話は20・30代の若いうちなら
いつでも覚えられて、仲間が増えて楽しい人生が開けます。
日本語だけが社会に通用する言葉であり、手話は仲間うちの言葉と割り切って考える
べきで、手話だけで立派に自立することはあり得ません。

>ただ残念な事に、1人は発語に問題があり、卒業後は口話法を拒否し手話の世界へ
>戻ったようです。

発語(発声)に自信がなければ、手話の世界へ戻って行くのはしかたがありませんが、
わりあい発語がいい中途失聴者でも手話をおぼえる若い人が増えています。
その手話は、ろう者が使う「日本手話」でなく、日本語にあった「対応手話」になって
います。

>こうした読話と言うより読唇術と言ったほうがよい能力を身につけた子供の例は
>他にもたくさんありますか?

読話・読唇術に優れた子供の例は、女児によくみられます。
私は補聴器に頼っているせいか、あまり得意ではありません。私以上に読唇術が上手な
ろうの女性が何人もいます。当然書記日本語もよくできます。


追加 投稿者:カエルのパパ  投稿日:12月25日(水)13時13分52秒

口話法と言えば読話ですが、同時期に素晴らしい子供が2人いました。

相手の動く口に自分の口を合わせ、その発音を感知し、言葉として認識する

2人ともスケールオーバーの完全ろう児でしたが、それぞれ普通高校、大学へと進学し、現在は2人とも完全自立しているようです。
ただ残念な事に、1人は発語に問題があり、卒業後は口話法を拒否し手話の世界へ戻ったようです。

こうした読話と言うより読唇術と言ったほうがよい能力を身につけた子供の例は他にもたくさんありますか?


追:
忘れてましたが本日はクリスマスですネ。
如何なる思想信条に関わらず、皆様の生活に幸せあれとお祈り申し上げます。


過去ログ拝見しました 投稿者:カエルのパパ  投稿日:12月25日(水)11時04分00秒


幸い息子の障害程度が軽かったゆえ、ある程度成長した後はろうの世界に興味を示さなかったのですが、、、論戦と言うか口論と言うべきかすさまじさに驚いています。

私も口話法で難聴の息子を育てた親の一人として意見を言えば、どちらを選択しても成功すれば構わないと思います。しかし問題は失敗した場合です。

口話法は言語臨界期と言う時間制限があるという意見に賛成で、多分幼児期のある限られた時期のみ可能と思います。

キューを利用した口話法は日本語に直結しているため、もし失敗しても読み書きは出来るようになっています。すなわち筆談により一般社会とコミュニケーションができ、文明の利器であるFAX・パソコン・ネット利用、また携帯メールも自在に扱えるようになります。

では手話でのバイリンガルに失敗したらどうなるんでしょう?


過去ログの中で私の目にとまった部分です。
>口話法に対してできる、唯一の痛烈な反証方法は、口話法に頼らず、
>手話で育てられ、手話による完全な教育を受けて、立派に自立した人を
>多く出す事です。


> さてと、私はろう学校も難聴学級もインテも経験していますが、
> 結論から言うと、手話を早い時期から教えてもらいたかったと思います。
>そこなんですね。 のんたんさんのようなことを言うインテ経験者が多く
>いるのに、親や先生は、「手話は必要になったら自然に憶えるから」と言う
>人が大勢なんです。 


>子供には無限の可能性を秘めているが、それをうまく引っ張り出すのが
>教育であり、家庭のしつけだと思います。子供の力を信じる事が大事だと
>思います。


色々な意見があるかと思いますが、教育の原点は「子供を社会に適応させる」事と思います。向くべき方向は「一般社会」であると思っています。
一般社会に背を向けたバイリンガル教育で不成功に終わった子供は、社会において如何なる立場に立たされるのでしょうか?

想像すると戦慄感を覚えますが、難聴と言えどろう学校幼稚部しか経験してない親ではエラソーな事は言えないかもしれませんがね。


過去ログ-つづき 投稿者:孫悟空  投稿日:12月25日(水)00時30分40秒

ろう者の日本語コンプレックスやアイデンティティについても、
白熱した議論が残っていますので、これもまたいい参考になります。

この「難聴学園(寺子屋)」ができる前の、ちょうど2年前のことです。

http://songoku.tripod.co.jp/121231-5.htm


「悟空」の過去ログ 投稿者:孫悟空  投稿日:12月23日(月)23時25分01秒

検索で、掲示板「悟空」の過去ログを見たら、ろう教育とインテについて、
白熱した論議が展開されていて、すごく参考になります。

下のリンクで、7月20日前後をご覧下さい。
7月といっても、今年の7月でなく3年前の7月のことです。

http://songoku.tripod.co.jp/kk-802.htm


日本語は日本語から 投稿者:孫悟空  投稿日:12月23日(月)00時35分08秒

ろう者で日本語がよくできる人に会って、話を聞いてみると「手話で日本語を
教えてもらった」ケースであっても、その手話で日本語を教えた人(親・先輩)
は全て口話教育で日本語を獲得した人ばかりです。

ですから「手話→日本語」と伝わったのでなくて「日本語→手話→日本語」と、
必ず日本語が源流になって伝わっています。

昔のろう教育は手話教育でしたが、聞こえる先生が日本語を手話に変えて、
日本語を教えていたのであって、もとの日本語がなければできないことです。

日本でろう教育が始まったのは、明治11年に京都で古河太四郎先生が私立
盲唖学校ができてからですが、それよりも以前の江戸時代は、ろう者の集団
がなくて、才能のあるろう者が見よう見まねで文字をおぼえて、読み書きが
できたという例があるようです。

言葉を聞くこと話すことと、文の読み書きができることは別のもので、全く
言葉が聞こえなくて話せなくても、読み書きができる例はあります。
要するに「日本語で考えて」読み書きすることが、正しい読み書きの能力を
高めます。

手話を母語にした人は「手話で考えて」読み書きするから、おかしな文章に
なってしまいます。
手話も日本語も器用にこなす人は、早い時期から脳のなかに手話と日本語の
領域をもっていて「コードスイッチ」で切り替えるので、なかなかマネが
できることではありません。


デフファミリーの成功例 投稿者:孫悟空  投稿日:12月21日(土)23時29分47秒

去る12月10日に、私の母校・石川県立ろう学校に、NHK手話キャスターの木村晴美さんが
来校され、そのときの感想が載った「C通信」を入手したので、その一部を以下引用します。
--------------------------------------------------------------------------------
私が日本語の読み書きにある程度不自由しないのは、両親が「発声がきれいにできるかどうかと
いうのはあまり重要なことでない。日本語の読み書きができることのほうが重要だ」という認識
を持っていて、小さい時分から本をたくさん買い与えてくれたからです。でも、それだけで本が
好きになるわけではありません。両親がろう者でしたので、物心がついたときから手話に接して
おり、家庭内でのコミュニケーションに困ったことはありませんでした。自分をとりまく小さな
世界のいろいろなできごとを両親は手話で話してくれました。絵本の読み聞かせもしてくれまし
た。私の場合、言語(手話)の入力に問題がなかったため、日本語で書かれたものに興味を持つ
ようになったのです。
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これはデフファミリーのなかで数少ない成功例であって、必ずしもデフファミリーの全てが
成功したというわけではありません。
木村さんの母親は口話教育で日本語を獲得しているので、手話も日本語もできる子供に育てる
のは当然の成り行きで、石川県内でも同じような成功例がいくつもあります。

以前にも書きましたが、デフファミリーは子供が生まれたときから、耳が聞こえようと聞こえ
まいと関係なく、手話でコミュニケーションしているので、聞こえる子供と変わりなく知能が
発達して、6歳までに日本語への興味と読み書きができるようになります。

聞こえる親の家庭では、障害の発見がおくれ、病院をかけずり回ったり、障害の受容に悩み、
口話教育で苦労させられ、手話に変えてみて、やっとコミがとれたときは、言語(日本語)の
臨界期をとうに過ぎて、手おくれになってしまいます。

たとえ、障害の発見が早くて、早期に手話を取り入れても、デフファミリーのように表現豊かな
手話にならないし、日本語の意味を教えて、読み書きできるようになるまでは至難の技です。

デフファミリーの成功例は、デフファミリーだからできることであって、ろう学校の集団教育の
場では使えないということです。


大脳生理学で説明 投稿者:孫悟空  投稿日:12月20日(金)20時45分44秒

たつこさん、いらっしゃい。

>とありますが、その根拠は??

これは言語の大脳生理学にもとづくもので、90%以上の立証があります。

>デフファミリーで、生まれながらに手話環境で育った友人がいますが、
>手話は勿論、日本語もバッチリ、むしろ、口話・インテで育った私に比べたら
>文章力が豊かです。

デフファミリーは、聴覚障害児をもつ家庭の1割以下で、手話も日本語もバッチリは
それよりさらに少ないので、全体からみればほんの微々たるものです。
また、どうして手話も日本語もバッチリできるかということも、大脳生理学で十分
説明できます。それは手話と日本語の言語領域がそれぞれ作られるからです。
そんなことは、聞こえる親の家庭にはとうてい不可能なことです。

>口話やインテの弊害もきちんと成人ろう者や経験者からも話を聞いた上で、
>「適正教育」「人間教育」を行って欲しいなあと思っています。

あれ、私はろう学校に長い経験があり、ろう者社会について裏の裏まで知り尽くして
仲間から信頼されています。
インテの弊害は、横の情報ネットワークが不十分なために起きるもので、これからは
インターネットの情報を通じて改善していくことは間違いありません。
最近はバイリンガル教育に期待が集まっているようですが、5年以上たってもいまだに
「日本語教育に課題」で、具体的な成果と実績がありません。

もういちど最初からログをじっくり読んで下さいね。


手話について 投稿者:たつこ  投稿日:12月20日(金)00時33分44秒

初めて投稿します。
ろう教育に関心をもつものです。
このHPでは、
>聞こえない子供にとって、手話は自然な言葉」「手話ができれば日本語もできる」という
>もっともらしい論法に惑わされないで、6歳までに口話・日本語の読み書きを優先的に獲得
>させるべきです。
とありますが、その根拠は??
デフファミリーで、生まれながらに手話環境で育った友人がいますが、
手話は勿論、日本語もバッチリ、むしろ、口話・インテで育った私に比べたら
文章力が豊かです。
そういう例もあるので、何が優先、とかでなく、手話環境にしろ、口話環境にしろ
要はその子に合った、ふさわしい環境におかれているかどうかと思うのですが。
もし、上記の説がふさわしいというので有れば、バイリンガルろう教育方法はが
でてくることはないはずです。
口話やインテの弊害もきちんと成人ろう者や経験者からも話を聞いた上で、
「適正教育」「人間教育」を行って欲しいなあと思っています。


子供のしつけ 投稿者:孫悟空  投稿日:12月20日(金)00時09分20秒

子供をもつ親にとって頭が痛いのは「しつけ」ですが、とくに言葉が通じない場合は
悩むものです。

言葉が通じないで、いきなり「ダメ!」と手をあげて叱ったら、子供はなぜ叱られる
のか、わからないで反抗的になったり、恨んだりします。
私が小さいころに、兄たちからよくゲンコツをくらって「なんでや?」と悔しかった
ことを覚えています。

子供をしつける場合は、何よりも親子のコミュニケーションが成立していることと
子供が納得するまで根気よく説明して聞かせることが肝心と思います。

うちの娘の場合は、言葉が聞こえていますから「こういうことしたら、こうなるから
ダメだよ」と説明すれば「うん、わかったよ」と納得してくれます。

聞こえない子供の場合は、言葉(口話)で説明することはむずかしいので、からだで
わかるようにします。親が身振り手まねでやってみせて、ダメなことを教えます。
また相手の立場になってみて、どうなることを教えます。
子供は親のすることを見てマネることが多いので、親がしっかりと行動すれば子供も
よくなります。

ある本で読んだことですが、小学校の教室で男の子がふざけて窓ガラスを割って
しまいました。ふつうなら先生が「コラ!」と怒るところですが、その先生は
だまって男の子の机を窓の近くに移動させました。
寒い季節でしたので、割れた窓ガラスの穴から冷たい空気が入ってきます。
男の子は自分のしたことがどういうことになるのかわかったらしく、それっきり
悪ふざけをしなくなったということです。


ニュース配信より 投稿者:孫悟空  投稿日:12月18日(水)23時51分43秒

2002/12/17 立川市、新生児に聴覚検査 障害早期発見へ来月から=多摩
 聴覚障害の早期発見を目指し、立川市は来年一月から、市内で出生した生後一か月以内の
新生児を対象に聴覚検査を行う。

 乳幼児に対する聴覚検査は現在、三歳児健診で行っているが、「この時点で障害に気付いて
対応しても遅い」との指摘があり、厚生労働省が二年前から全国でモデル事業を展開。多摩
地区では、立川市が都からモデル地区に指定された。
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以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。

このように新生児の早期障害発見が進むことはいいことですが、同時に0歳児からの
アフターケア(支援体制)の整備も望まれています。

ろう学校で「教育相談」があっても、あいつぐ異動と手話導入・生徒の減少などで
将来に不安を感じさせます。
それで最近は「言語聴覚士」という専門職に注目と期待が集まっているようです。

ふつうの知能をもった難聴児であれば、6歳までに言語(日本語)を獲得して、
インテすることは可能ですから、もうろう学校は必要ない時代がやってくるかも
しれません。
ろう学校の「帰属集団」は、京都の二条中学校・山城高校のような難聴学級に
とって変わることが考えられます。

http://www.yomiuri-you.com/you_c/possibility/news/local/local_021217.html


手話の進化と弊害 投稿者:孫悟空  投稿日:12月18日(水)00時54分16秒

ろう・難聴の子供に口話法で言葉をおぼえさせることは、ものすごくエネルギーを使うもの
で、思うように通じなかったりすると親子ともストレスがたまって疲れてしまいます。

幼児期の早くから手話を導入すると、目に見えて通じやすい・親子のコミュニケーションが
成立しやすいというメリットが多く報告されています。
しかし、子供たちの手話能力は、親・先生の予想よりも早く伸びていくもので、子供の手話
に追いつけない、親に合わせた手話が理解できても、子供どうしの早い手話が読み取れない
というデメリット・弊害が出てきます。

ろう学校で昼食のときに、子供どうしが手話で先生の悪口を言い合っているのに、手話を
認めた先生が何も知らないこともよくあります。

子供は成長するにつれて手話が進化・複雑化してきますから、手話が読み取れなくなったら、
親子はもう同じ言葉をもつ人間関係でなくなります。
FAX・メール・手紙に書かれた、わが子のおかしな日本語の文章を読んで愕然とする親が
これから増えていくかもしれません。

親子のコミュニケーションが成立しないことは、そのまま社会のコミュニケーションが成立
しないことにつながります。
社会のコミュニケーションが成立しなければ、就職や生活において大きな障害・不利益に
なって、それが一生続きます。

「聞こえない子供にとって、手話は自然な言葉」「手話ができれば日本語もできる」という
もっともらしい論法に惑わされないで、6歳までに口話・日本語の読み書きを優先的に獲得
させるべきです。


ニュース配信より 投稿者:孫悟空  投稿日:12月17日(火)00時09分38秒

2002/12/15 内耳の有毛細胞を再生 難聴治療へ前進 京大グループが動物実験で成功

 音を電気信号に変換する内耳の「有毛細胞」の再生に、伊藤寿一・京都大医学研究科教授
(耳鼻咽喉(いんこう)科)のグループがマウスを使い、世界で初めて成功した。有毛細胞
の損傷は、騒音や薬剤などによる難聴の最大の原因で、再生医学による聴力の回復に向けて
大きな前進となる。来年二月の米国耳鼻咽喉科基礎学会で発表、早ければ五年後を目標に
臨床試験を目指す。
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以下くわしい情報は、下のリンクでご覧下さい。

http://www.yomiuri-you.com/you_c/possibility/news/medical/medical_021215.html


年賀状とアイデンティティ 投稿者:孫悟空  投稿日:12月16日(月)01時03分45秒

きょうは、自分のパソコンで年賀状の印刷をしていました。
親戚やろう者仲間からもらう年賀状にパソコンやワープロで印刷したと
思われるものがめっきり増えてきました。

年賀状をみると、その人のアイデンティティの度合いが推し量れます。
ろう者社会(ろう協・同窓会・同好会・サークルなど)で長く役員を
務めて、人望がある人は100通を軽く超えます。

逆にろう者社会にあまり顔を出さない人ほど、手書きで年賀状を少なく
出していることがわかります。
年賀状の数が少ないことは、その人が亡くなったときの葬式は家族・
親戚以外に人が集まらない寂しいものになります。

ろう者社会で長く「社会貢献」をしている人は、人望があるので、
葬式には多数の仲間が集まってきて、家族・親戚を驚かせます。

ろう者・難聴者として、人間としてのアイデンティティは、どれだけ
「社会貢献」をしてきたかによって、評価・確立されるものであると
思います。


手話と口話 投稿者:孫悟空  投稿日:12月14日(土)23時37分01秒

また、同じ人から質問がありましたので、以下匿名で紹介します。

>もうひとつ質問があります。では、なぜ、耳の聞こえない人ははなすことが
>できないのですか?私はきくことによって、文法を習得し話すこと、書くこと
>つながっているのだとおもっていました。きこことが出来ないために、正しく
>書くこと話すことができなくなったのではなく、手話を習得したことによって、
>正しい日本語をはなせなくなるのですか?

言葉を話すためには、耳で言葉が聞こえること、その言葉をマネること、
言葉の声を出すためにのどの声帯がやわらかいことが必要条件になります。
言葉が聞こえないと、マネて話すことができないし、のどの声帯が固いと
声が出なくて話せなくなります。

しかし、聞こえない子供は、早期にろう学校・通園施設で聴能(補聴)と
口話(発声・読話)の訓練を受ければ、ある程度の言葉を話せるように
なります。
聴力が残っていて、発声が早い子供ほど、明瞭な声で話せます。いちど
口話ができれば、成人になってからも手話に関係なく話せます。


手話と日本語 投稿者:孫悟空  投稿日:12月13日(金)23時51分26秒

聞こえない子供をもつ親御さんで「手話、それもろう者の使う日本手話を覚えなくては」と
強迫観念をもって、手話講習会や手話サークルに足しげく通う人がいますが、その結果は
どうだったかというと、手話でコミュニケーションが成立できたのはいいとして、日本語
(口話・読み書き)の獲得がなかなか進まないという例がよくあります。

手話はたしかに、コミュニケーション手段として有効なものですが、しょせんは日本語と
別の言葉ですから、子供が日本語に興味をもってくれるとは限りません。
小学部になって、やっと文字を書いて、単語らしい単語を書けるようになっても、文章と
なると「てにをは」が全然ダメで、なかなかうまくいきません。

手話でコミュニケーションすることは、手話が母語になることで「手話でものごとを考える」
ことになります。そして手話で日本語を考えることになって、手話の文法(意味のルール)
が日本語の文法を狂わせてしまいます。

手話(日本手話)はまさしく日本語の文法・感覚を狂わせてしまう、恐ろしい<麻薬>の
ような言語といえます。ですから、西川・橋村・川本の3氏が手話を徹底排除した純口話
教育をすすめたことは正しいと思います。

「日本語に合った手話で教育すればいいのではないか」と考えても、子供どうしの手話は
意味が通じれば何でもいいので、日本語からどんどん離れていきます。

親御さんは手話を無理して覚えなくてもよろしいです。ベビーサイン程度にして、口話と
文字を重点的に子供に与えて下さい。必ずや日本語が母語になって成功します。
手話は中学生になってから同じ仲間(帰属集団)がほしいときに覚えても遅くありません。


昔のろう教育 投稿者:孫悟空  投稿日:12月12日(木)23時58分21秒

今の口話教育が本格的に始まる(大正の終わりと昭和の初め)以前は、手話による
教育が行なわれ、東京聾唖学校師範科を出た、ろう者の先生が多くいました。
当然のことながら、手話が母語であるけれども、日本語の読み書きがよくできる
ろう者がいたことはたしかです。

なぜ、手話が母語なのに、日本語の読み書きができたのか、不思議に思われますが、
手話ができるから自然に覚えたわけでなく、文字・文章に強い興味をもって、集中的
に本を多く読んで、多く書く努力を積み重ねてきたからです。

頭にある脳を畑にたとえると、幼児期は畑の土がやわらかいので、種(手話)を
埋めて水を与えてやれば、芽が出てきて、やがて大きな木(母語・第一言語)に
成長します。
そのあとで次の木(日本語)を植えたいと思っても、畑の土がもう固くなっている
ので、なかなか育ちません。この場合は力を入れて畑を耕して土をやわらかくする
必要がありますが、この作業(勉強)はとても苦しいもので、だれでもできること
ではありません。


耳の障害と日本語 投稿者:孫悟空  投稿日:12月11日(水)21時07分12秒

ゆうべの金沢は、20センチを越す積雪で、深夜まで車のタイヤ交換でした。
さて、質問のメールをいただいたので、以下匿名にして紹介します。

>こんにちは。私は23歳の学生です。突然ですが質問があります。 私は聴覚障害を持った
>高校生の友達がいて、文通をしています。その女の子の書く手手紙の内容は日本語としての
>文法が正しくなく、たまに意味の理解しずらい時もあります。耳の聞こえない人たちはどの
>ように書くことや日本語の文法を勉強しているのでしょうか。私の意見では本をよむことは
>できるので、正しい日本語をかけるとおもっていました。ままがきこえないということと、
>文が正しくかけないということは、どのような関係があるのですか。おしえてください。

聴覚障害を持った高校生のお友達は、おそらく生まれつき耳が聞こえなかったために、
言葉(日本語)の獲得がおくれ、代わりに手話が母語になったものと思います。
手話は日本語の文法とちがう独立した言語ですので、それが母語になると、学校でいくら
日本語の文法を教えても、なかなか身に付きません。
本を読むことはできても、それは拾い読みでおおまかに意味を理解しているだけです。

耳が聞こえなくても、幼少から正しい言語指導で日本語を母語として獲得して、正しい
日本語の文法で文章を書く例もたくさんあります。
日本語の読み書きは、耳の障害よりも母語の問題が大きく影響しています。

鳥のヒナに、人間がエサを与えると、人間を「親」と思ってエサを待つようになります。
そうすると、ヒナは自分で飛んでエサを探す(自立)ことができなくなります。
同じように、聞こえない子供に手話を与えると、手話が言葉の親(母語)になるので、
日本語の獲得と社会的自立が難しくなります。


「ナイトホスピタル」 投稿者:孫悟空  投稿日:12月10日(火)00時35分55秒

今晩のテレビドラマ「ナイトホスピタル」で、難聴の子供が学校の遊び仲間に
入れてもらえないため、人工内耳の手術を受ける決心をしたという場面を
見ました。

テレビドラマですから、難聴の子供(役)が何もしゃべらないままで、手話を
して、母親が口話でこたえるという不自然な場面もありましたが、人工内耳に
関する知識はたしかなものでした。


要約筆記指導者研修会 投稿者:孫悟空  投稿日:12月 9日(月)00時42分52秒

ただいま、東京の要約筆記指導者研修会から帰ってきました。

会場を見わたしてみると、若い人はもちろんも50代の人も、日本語に対応した
口話つき手話でコミュニケーションし合っている場面が多くありました。

講演やレポート報告は、要約筆記者(聴者)がほとんどでしたが、最近はパソコン
要約筆記に関心をもつ若い難聴者が増えて、やや不明瞭でぎこちない口話(音声)
で報告する難聴者がいました。
そのとき、声がよく聞き取れないで要約筆記がたびたびストップしたので、手話
通訳者がそばに寄って「音声通訳」をしていました。

会場には磁気ループが設置してあって、補聴器でよく聞こえましたが、発音が
いい人は聴者か中途失聴者に限られているようです。


東京へ 投稿者:孫悟空  投稿日:12月 6日(金)12時28分23秒

7・8日に東京で開かれる、全国中途失聴者難聴者団体連合会(全難聴)主催の
「要約筆記指導者研修会」に参加のため、留守にさせていただきます。

手話通訳の養成は全日ろう連に、要約筆記の養成は全難聴にそれぞれ<すみ分け>
が決まっているので、パソコン要約筆記を学ぶには全難聴の会員であることが
条件になっています。


口話つきの手話 投稿者:孫悟空  投稿日:12月 6日(金)00時52分05秒

先に、大阪の日本聾史学会で若い人が多いことを書きましたが、いわゆる「日本手話」
という伝統的・視覚的な手話はごくわずかで、よく見ると明らかに口話教育の恩恵を
受けている、口話つきの手話が多く、今後もその傾向が強まることは確実です。
もし、口話つきの手話でなくて、口話なしの手話であったら「田舎者」にされてしま
います。

ですから「ろう教育に日本手話を」というのはナンセンスなことで、今まで通りに
先生は口話・日本語の読み書きに力を入れ、手話は補助的な手段で十分です。

「わが子に日本手話を与えるべき」と信じて努力した親子で、小学校入学はおろか、
中学生になっても日本語の読み書きがほとんどできない悲惨な例が増えています。

「日本語で英語を教えるのは間違い」と同じように「日本手話で日本語を教える」
ことはあきらかな間違いで、「日本語で日本語を教える・日本語で考えて日本語を
書く・読み書きを多くして読み書きの力をつける」ことが正しい教育です。


会話にならない子供 投稿者:孫悟空  投稿日:12月 5日(木)00時47分42秒

ろう学校でもインテでも、相手の話をろくに聞かないで、一方的に話すばかりで
会話にならない子供がいます。

この原因は、会話(コミュニケーション)が不足しているためですが、
1)家庭で一人っ子のため、話相手がなく、一人で遊ぶことが多い
2)周囲と言葉が通じない(聞こえない・聞いてくれない)ため、相手がいると
  聞いてほしいと思って一気に話す
3)会話が成立しないため、周囲から孤立して、自分の殻に閉じこもる
と思われます。

成人してからでも直らないろう者に会うことがありますが、この場合は
「うんうん、それからどうしたの、よかったね」と、相槌を打ちながら
おしまいまで話をじっくり聞いてあげます。
たくさん話してしまうとホッとして落ち着いてくると、こちらの話を
聞いてくれるようになって、会話が成立します。

「またか」と話の途中で止めたり、逃げたりすると<消化不良>になって
まただれかに話したくなります。


特別支援学校 投稿者:孫悟空  投稿日:12月 4日(水)00時19分09秒

大阪の日本聾史学会の教育分科会で話題のひとつになったのが、先にアップした
「特別支援学校」でした。

構想によると、ろう・盲・養護の各学校をひとつの学校・敷地に統合して、ろう・
盲・養護の各校舎または各学級のどちらかになりますが、ろう・盲の生徒が減少、
養護の生徒が増加傾向にあるので、学級単位で編成される可能性が高いように
思われます。

いずれにしても、ろう・盲・養護の各生徒は互いに言葉のコミュニケーションが
できるはずがないので、特に手話に依存するろう児にとって大きなパニックに
なりそうです。
しかし、最近は重複障害(盲ろう・知的障害など)をもつ子供があちこちの学校へ
たらい回しにされるケースが増えているので、何とも難しい問題を抱えています。

また、先生がろう学校・盲学校・養護学校の間を何度も異動するのは、この「特別
支援学校」に移行させるためではないかと勘ぐりたくなります。


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