BBSセミナー「難聴学園」
私は印刷会社の工場で、昼食時間(1時間)のほかに2〜3回の休憩(15分)が
あります。作業中は上司や同僚から言葉かけがありますが、休憩中は同じ部屋で
いっしょにいても、言葉かけがほとんどありません。この間がつらい<孤立感>
を味わいます。私には帰りを待っている家族がいるし、ときに世間話をする仲間
をおおぜいもっているので、この<孤立感>は一時的な苦痛ですみます。
もし、家族(妻子)がいない、仲間がいなかったら、このまま<孤立感>で一生
を送ると思うと気が狂いそうになります。
自分という人間がいるのに、だれも言葉かけをしてくれない、自分からたずねないと
教えてくれない、こんな心境はまるで「透明人間」のようにみじめなものです。
以下、全難聴理事長の高岡正氏講演会の記録を一部引用します。
(全記録は、下のリンクでご覧下さい)
------------------------------------------------------------------------------
去年、テレビで「透明人間」と言うのをやっていました。 それは、「透明人間」になった
人は、誰にも気づかれないから、好きなことができて、うらやましがられる…。 しかし、
その「透明人間」になった人が恋人に話した事は、「僕、さみしいんだ。 たくさんの人の
中にいるのに、自分だけ見てもらえない。 さみしいんだ。」…と。 これは、僕と同じだ。
聞こえない人は、いろいろな所で「透明人間」になる。 これは聞こえない人、皆さんも、
同じ経験はないですか?
-------------------------------------------------------------------------------
この「透明人間」の精神的苦痛から逃れるためには、家族(妻子)と仲間という「帰属集団」
をもつことで解消されます。
インテで難聴児がひとりで頑張り続けることは、偉いことではなく、異常なことであって、
学力不振やイジメがあると、いつのまにか人格がゆがんでしまう例があります。
これを防ぐためには、地域の難聴児親の会に入って、親どうし・子供どうしの学習と交流を
続けて、幼児から成人までの「帰属集団」をつくっておくことです。
「帰属集団」を心のよりどころにして、人間らしいアイデンティティが持てるわけです。
先に紹介した「聾教育の脱構築」の本のなかで、トライアングル(母親法)の南村先生
の手記から一部を引用します。
--------------------------------------------------------------------------
現在、トライアングルの指導場面ではどのグループも子どもとコミュニケーション成立
させるために、音声言語と手話を併用している。また、指導を受けているお母さんと
スタッフを対象に手話教室を開催している。習得する手話の内容は、日常の子どもとの
コミュニケーション上必要な手話を中心としている。さらに聾者の指導への参加を具体
化する方向で進めている。
こうしたトライアングルの新しい試みは、「母子のコミュニケーションがスムーズに
なった」「子どもとの話の内容が深まった」「子どもに落ち着きが見られるようになっ
た」「手話で概念がはっきり獲得されているためか、文字言語への移行が、スムーズで
ある」などの声を親達から引き出している。
--------------------------------------------------------------------------
トライアングルの指導に手話を導入してから、2年目の今年4月にネットの掲示板で、
-----------------------------------------
>20日に行われた総会でM先生が爆弾発言。
>今の4、5歳児を最後に指導打ち切り。
>卒業後は聾学校への進学を勧める。
>教育部の手話導入にしたがって、
>教師の手話力から4歳児以降の指導は無理と判断。
-------------------------------------------
とありました。どうやら早くも手話導入がゆきづまったようです。
ろう学校で子供どうしの手話が読み取れない、教科指導に手話が追いつけない、日本語の
読み書きがまだできない−などの問題が浮き彫りになっていますが、これと同じことが
起きているかもしれません。
子供には障害の程度や個人差がありますから、6歳までに日本語を獲得
できなかった場合もあります。
この場合は、本人が手話よりも日本語に強い興味を持ち、たくさんの
絵本・マンガを楽しんで読んでいるのであれば、すでに子供の頭脳は
日本語モードで固まっていますから、希望が持てます。
子供が小学生になったら、個室を与えて本棚を置いて、オモチャの
かわりに絵本・マンガを買い与えたり、「パパ・ママ」の赤ちゃん
言葉を使わないで「お父さん・お母さん」と呼ばせるなどで、小学生
らしい自覚をうながします。
日本語のおくれを挽回する効果的な方法は、会話を筆談ですることです。
家庭で子供に筆談メモとペンを首にかけて持たせます。
家族が話しかけるたびにメモに書いて筆談します。
かなり手間のかかる方法ですが、手話や口話とちがって、メモに文章が
残るので、子供がくりかえし読んで文章をおぼえる利点があります。
日本語の文法(文章を書く決まりごと)をむずかしく説明しなくても、
子供はメモに書かれた文章を見てマネて書く習慣がつきますから、
みるみるうちに文章力がアップします。
聴覚障害の子供は、聴覚活用(補聴器・人工内耳)ができる子供から
できない子供までいます。
聴覚活用ができる子供は「難聴」と呼ばれ、できない子供は「ろう」と
呼ばれます。
聴覚活用ができる子供に、「あー」といえば、「あー」と同じ声が
かえってくるので、言葉(日本語)の獲得が進みやすくなります。
早い子供は、2歳からでも言葉らしい言葉を話すようになります。
聴覚活用がほとんどできない重度の子供はどうするのか、「あー」と
いっても聞こえていないので、口マネができません。
言葉が聞こえていなければ、日本語を獲得させるためには、目で見る
言葉(手話・文字)でします。
単語レベルなら、手話から文字への移行はかんたんにできます。
単語の文字を指して手話でやれば、手話と単語の対応になります。
問題になるのは、文章レベルになるときで、助詞の「てにをは」を
手話で説明して理解させることは非常に困難です。
絵本・絵日記・交換日記・筆談などで読み書きさせて、読書に
興味を持たせて、文章をまるごと多くおぼえるしかありません。
文章ができるかどうかは、書いてみないとわかりませんから、
文字らしい文字を書ける4・5歳になるまで待たねばなりません。
聴覚活用ができる子供は2歳から話し言葉で、できない子供は
5歳から書き言葉で、日本語の理解をチェックしながら、6歳の
小学校入学までに日本語の完成となります。
以前、北信越ろうあ者大会の帰りで列車にろう者・通訳者・サークルの人たちが
おおぜい乗り込んで、さながら団体の貸切列車のように盛り上がりました。
話の途中で、ろうの女性が席を立って歩き出したとき、だれかが女性を呼ぼうと
しました。女性はもう後ろ向きになって歩いたので、呼んでもわかりません。
私はそれを見て「もう一回呼んでごらん、きっとわかるから」といいました。
何人かが女性の背に向けて、一生懸命に手を振って呼んでみました。
すると、女性はハッと振り向いて、みんなを驚かせました。
女性に聞くと「うしろのほうで、呼んでいるような気がした」といいました。
この女性は、ほとんど聞こえないにもかかわらず、非常にカンがいい人でした。
視覚障害者が、目が見えないかわりに鋭い聴覚をもっていることが知られて
いますが、聴覚障害者も同じように聞こえないかわりに鋭い視覚をもつほかに
鋭いカンをもっている例がまれにあります。
両親が子供の後ろでオモチャを鳴らしてみて、子供が振り向くと「聞こえている」
と思って、聴覚障害の発見がおくれてしまうことがあります。
子供は、両親の視線・表情・動作などを見て「うしろに何かあるかな」と思って
振り向きます。
また、顔を向き合って子供に話しかけると、子供は動物的なカンで意味を理解して
うなずいたり、喜んだりします。
両親の思い違いで、聴覚障害の発見がおくれても、子供はもともとカンがいいので、
言葉(日本語)の獲得は、比較的に早く進みます。
24時間営業のコンビニエンスストアは、今や日常生活の一部として
定着しているようですが、ろう者仲間の間で「ローソン」の名前が
よく知られています。
手話で「ロー(聾)/ソン(損)」と表現するので、なるほどと
人気があります。
「聾は損だ」という本音は、マイナスイメージですが、あまり気に
ならないで明るくしていられるのは、手話で何でも話せる仲間がいる
安心感とプラスイメージで打ち消してしまうからです。
インテ(地域学校)でひとり頑張ることはマイナスイメージになり
やすくなるので、多感な歳ごろ(中学生前後)になるまでに同じ障害
の仲間を持たせてあげたいものです。
そして苦楽を分かち合い信頼できる親友・パートナーを持てば、障害が
気にならないで長い人生をプラスイメージで過ごすことができます。
おそい残業続きで、ダウン気味です。
きょうの休みで、温泉につかってリフレッシュしてきました。
毎朝の出勤で、始業までの10数分間にいろいろな本を読んでいます。
いま「聾教育の脱構築」という本ですが、内容は<ろう文化・手話万能>
に偏っていて、肝心な日本語の獲得については具体的な方法論がひとつも
書かれていませんでした。
この<手話万能主義>がろう教育で広がると、日本語がまともにできない、
手話だけで生きるしかない、広い聴者社会で認められない悲惨なろう者が
再び増えてしまいます。
「手話と日本語のバイリンガル教育」といっても、実際は幼児期において
手話と日本語を同時に進行させることは思っている以上にむずかしく、
聴者家庭の子供ほど手話も日本語も中途半端(セミリンガル)になりやすく
なります。
ろう学校の教育にまかせっぱなしでなく、親が日本語の獲得に強い関心と
責任をもてば、子供の<結果>にあらわれてきます。
きのうもまた、おそい残業でした。
ろう学校の教育相談や幼稚部に行くと、同じ年ごろの子供がいて、
つい自分の子供と見比べてしまいます。
言葉が早く進んでいれば安心しますが、おくれていると「ウチの
子はダメかも」とあせって心配します。
あせりのあまり無理を押し付けたり、ガミガミ注意すると子供は
萎縮したり反発したりして、逆効果になります。
おくれていると思ったら、言葉を教えることよりも頭をよくする
ことを先行させて、子供のやる気をうながします。
大人の場合は「努力すれば頭がよくなる」ことがわかりますが、
6歳までの小さい子供は、ただ遊ぶことだけで「努力する」こと
を知りません。
ならば、子供が遊ぶことに夢中になることで「努力する」ことに
つなぎます。
子供がブロック組み立て・ジグソーパズル・絵描き・粘土・砂場
など、頭を使う創造的な遊びに夢中になると、頭がよくなって
いきます。
また、からだを使う(運動)遊びも頭をよくし、「頭がいいね」と
ほめてあげることも心理的効果があります。
深夜0時過ぎのおそい残業が続いて、帰宅してシャワーを浴びて夜食をすませると
もう1時半ごろになってしまって、カキコができない状態でした。
先に書いたように、聞こえない子供にとって手話をおぼえることは簡単なことですが、
日本語をおぼえることは手話の10倍以上むずかしいことだと覚悟しなくてはなりません。
日本語をいかに効率的に教育するか、手話か聴覚活用(補聴器・人工内耳)か、どちらに
しても「知能」が重要なキーポイントになると思います。
私が講習会で手話を教えるとき、かんたんな自己紹介の手話でも、一発で決める人から
不器用でうまくいかない人まで個人差が大きく表れています。
その初心者のなかから、プロの手話通訳者になれる確率は100人に1人いるかいないかで、
たくさんの厳しい条件をクリアした人に限られます。
「条件」といえば、お金持ちになりたい人はそれなりの厳しい条件があり、若い男女が
いっしょになって幸せな家庭をつくるにも条件があって、どんなことにも「条件」が
つきものです。
同じように、ろう・難聴の子供が日本語を獲得するためにも、厳しい条件がつきます。
いかに優れた教育方法があっても、だれでも等しく日本語を獲得できるわけではあり
ません。
「手話はだれでもできるが、日本語は厳しい条件をクリアした子供だけが獲得する」
言葉は、人間(家族・学校・地域社会)とコミュニケーションするために
あるもので、子供が人間に興味をもたなければ言葉が育ちません。
子供が人間に興味をもつためには、まず家族(親・兄弟・祖父母・親戚)の
豊かな愛情で育てられることが大事です。
子供は、自分に興味をもってくれる・かわいがってくれる・いっしょに遊んで
くれる・話を聞いてくれることで、うれしくなって相手の人間と親しくなりたい
と思って、言葉(サイン・手話・音声・文字)をおぼえようとします。
子供の相手になるのが面倒くさくて、テレビばかり見せたり、オモチャをたくさん
与えてひとりで遊ばせておくと言葉が育ちません。
子供が小学校にあがるまでは、個室(子供部屋)と専用のテレビを与えないで、
家族とコミュニケーションする機会を多くもつことを心がけます。
オモチャの山よりも、本の山に囲まれていると、本の絵・文字にふれる機会が
多くなって、しぜんに日本語でものを考える習慣がつくようになります。
あす16日(日)午後7時40分〜55分に、NHK教育テレビで「もっと難聴者のための
サービスを」というタイトルで、成人難聴者の実態調査が取り上げられます。
難聴の子供が成人したときの参考にして下さい。
------------------------------------------------------------------------
全難聴(=全日本難聴者・中途失聴者団体連合会)は、先ごろ、「難聴者の聞こえと
生活についての実態調査」の結果を発表しました。全国の会員を対象に、「聞こえの
程度と生活で困ること」について、アンケート調査を行った結果です。
そこで浮かび上がってきたのは、聞こえの程度と生活の困難さが、比例しないこと。
現在、聴覚障害者の認定基準は70デシベルです。しかし、それより数値的には聞こえ
がいい人たちも、職場での会議についていけなかったり、地域の集まりに参加しても、
話の輪に加われないなど、相当な困難を感じているのです。
調査結果を紹介しながら、中・軽度難聴者の生活の実態と、福祉サービスのあり方を
考えます。
------------------------------------------------------------------------
再放送は、23日(日)午前7時10分〜25分、23日(日)夜・30日(日)朝の時間です。
テレビドラマの「星の金貨(主演・酒井法子)」「愛しているといってくれ(主演・
常盤貴子)「君の手がささやいている(主演・菅野美穂)」がきっかけで手話ブーム
になり、手話講習会は定員をはるかにオーバーして断るのに苦労したほどです。
講習会に通ってサークルに入ってしばらくすると「手話は日本語とちがう言語」と
いわれて戸惑う人が少なくありません。
聴覚障害(ろう・難聴)の子供をもつ親御さんもきっと「ろう学校で手話を使って
言葉(日本語)をおぼえる」というイメージをもっていたかもしれません。
ろう学校へ行ってみると、幼稚部・小学部で手話が使われていないことを知って
「なぜ手話を使わないのか」と不思議に思った人が多いかもしれません。
ろう学校の先生から「手話は日本語とちがう、口話能力が落ちる」といわれて
ますます不思議に思ったかもしれません。
ほかの学校からろう学校へ転任した若い先生も同じ思いで「手話を取りいれても
いいのではないか」と、幼稚部から手話を導入するろう学校が増えてきました。
導入後5年以上たっているろう学校がいくつかありますが「子供たちの会話が
活発になり、表情が明るくなった」という報告がある一方で、日本語への移行に
ついては「研究課題・開発途中・模索の段階」などとあいまいな報告ばかりで
具体的な成果をあげるまでにいたっておりません。
最近のろう学校で高等部から直接大学に進学した例がめっきり増えてきましたが、
ほとんどが幼稚部と家庭においてきびしく口話教育を受けたものです。
大学に行っていないが日本語がよくできる若いろう者に聞いてみると、決まって
「親がきびしかった」といいます。
手話をおぼえることはとても簡単なことで、知的障害のある子供も含めてあまり
個人差・能力差がありません。手話はみんなが平等になれる言語といえます。
日本語をおぼえることはものすごくエネルギーを費やすもので、幼稚部・家庭に
おける教育が大きな結果・能力差となって現れます。
ある若いろう者が手話サークルに熱心に通い続けていたら、それまで使っていた
日本手話が、いつのまにか日本語対応手話に変わっていました。
手話サークルは手話を学ぶ聴者が多く集まるところなので、聴者の手話は当然
日本語対応手話になります。手話で交流を続けているうちに30代の若さですから
感化されてしまったようです。
FAXや携帯メールのやり取りでも似たような感化の例がみられます。
この例から、ろう学校や家庭で先生や親の方が日本語対応手話でねばり強く言葉かけ
を続けていけば、子供たちが感化されて日本語の獲得につなげることもむずかしく
ありません。
ろう者が昔から使われている日本手話のほうが視覚的に意味がわかりやすい長所が
ありますが、日本語の文法と異なる言語ですから、日本語の獲得につなげる糸口が
つかみにくい短所があります。
以前にもたびたび書いてきたことですが、日本手話を使うときはどうしても発声が
おろそかになって、口話力が落ちてしまう問題があります。
日本語対応手話では、日本語の発声に力をいれているので、手話そのものの表現が
弱くなって意味がわかりにくくなる短所もありますが、日本語を獲得してしまえば
意味がよく通じるようになります。
つまり、日本語を獲得していないろう者には通じないが、獲得しているろう者には
ちゃんと通じるということです。
ですから、ろう学校・インテの先生や親・家族の方は、確信をもって日本語対応手話
で言葉かけを続けてほしいと思います。
あの「ろう学校の東大」で有名な附属ろう学校で、日本語対応手話による授業を長年
続けて教育効果をあげています。
ろう教育の改革を求める人のなかに「ろう学校の先生は、生徒どうしの
手話を読み取る能力をもつべき」というのがあります。
先生と生徒の会話は、ふつう口話とかんたんな手話で成立します。
会話が成立しているから、先生は生徒のことがわかるつもりでいます。
しかし、生徒どうしの手話が読み取れなければ、生徒のことがわかる
はずがありません。
先生は聞こえる人の立場で、聞こえない生徒を「外側」から見ている
だけに過ぎません。
では、生徒どうしの手話が読み取れないと、ダメな先生かというと
そうでもなく、読み取れないのは当たり前で、結局「外側から見た
生徒のことしかわからない」と、先生が自覚すればいいことです。
また、生徒どうしの手話が読み取れないのは、手話がメチャクチャに
速いだけでなく、日本語の感覚・文法とかけはなれた独特の言語に
発達しているためです。
幼稚部で、先生と親の目でわかる範囲の手話なら心配ありませんが、
小学部3年あたりから手話がわかりにくくなってきたら、日本語から
離れているのだと思って、まちがいありません。
先生が積極的に日本語対応手話を使ったり、生徒に「日本語に合った
手話をしなさい」と注意しても、日本語の成績がよくない生徒ほど
どうしても意味がわかりやすい<日本手話>に流れてしまいます。
先に紹介しました、中国映画の「きれいなおかあさん」の全国公開予定に
ついては、下のリンクでご覧下さい。
この公開予定のなかで、北陸が入っていないのは残念でした。
成人ろう者の間でよく使われている日本手話は、日本語と異なる文法を
もつ言語ですが、ろう学校の口話教育が始まったころは「手話は日本語
ではない」と否定されていたものです。
成人ろう者が日本手話を使うときは、ほとんど声が出ていません。
目で見て意味がよく伝わるように、手だけでなく顔の表情や体いっぱいに
リズムカルにダイナミックに表現しますから、日本語で声を出すことは
物理的に不可能です。
早くいえば、日本手話は口話(日本語)を伸ばす妨げになります。
日本手話で日本語を獲得するというのは、手話で日本語の意味と文法を
説明しておぼえさせることであって、本人が日本語に興味をもって本を
たくさん読んだり、作文などをたくさん書いて、他人に見てもらう努力
をしなければ、いつまでたっても日本語が獲得できません。
読み書きで日本語を獲得できなければ、口話で論理的に正しくしゃべること
(2次言葉)ができません。
手話を導入した広島ろう学校の女の子が、テレビ局の取材に対して「楽しい」
「おしゃべり」「みんな」といった単語レベル(1次言葉)で応えていました。
こういう場合は「みんなとおしゃべりするときが楽しい」と2次言葉できちんと
応えるべきで、残念というほかありません。
アドバイスありがとうございます。
ベビーサインがうまくいくのか、不安はありますが、
気持ちはのんびり育ててゆきたいと思っています。
全日本ろうあ連盟の日本手話研究所から「国語教科書(1・2年生用)手話
ビデオ教材」が出ています。
ビデオの画面に登場する、ろう女性はNHK教育テレビの手話キャスターで
おなじみの那須英彰さんの奥さんです。
彼女が見せる手話は、伝統的な日本手話の華麗で豊かな表現は、聞こえる親
にはとうてい真似ができない見事なものです。
真似ができませんから、親はただビデオを子供に見せるしかありません。
すると、もし子供がビデオの画面に興味をもって見るとしたら、ずっと見る
かもしれません。
そしたら、親子のコミュニケーションがなくなります。家事で忙しい親は
ビデオにまかせておけば楽になるでしょうが、親子のコミュニケーションが
なければ「考える言葉」が育たなくなります。
たとえ「子供たちが喜んで見ている」としても、日本語の文法とかけはなれた
日本手話を見ているだけで、日本語の理解・読み書きにつながるかどうか、
疑問に思います。
私がろう学校の小学部低学年にいたころは、先生や親から教わる口話と仲間から
おそわる手話は別のものだという意識があったので、話す相手が変わるたびに
口話と手話をきりかえていました。
中高部になってから、口話と手話をいっしょにして話すようになりましたが、
手話に力をいれると声が出なく、声をはっきりさせると手話が弱くなるので、
口話と手話の両立はなかなかむずかしいものでした。
私の耳は、3歳のときに中耳炎で伝音性難聴になり、現在の聴力検査で
70〜80デジベルの残存聴力があります。
耳かけ式の補聴器ではまだ聞こえにくいので、音量のあるポケット式の
補聴器を使っています。
これで、聴者と1対1で会話することにほとんど不自由しません。
補聴器を外せば途端に聞こえが悪くなり、会話に不自由してしまいます。
それで「聞こえる世界」と「聞こえない世界」の間を行ったり来たり
しているわけです。
「聞こえる世界」と「聞こえない世界」のどちらがいいのかと聞かれたら、
迷うことなく「聞こえる世界」のほうがいいのです。
「聞こえる世界」に入ると、自分の世界・社会をみる世界がものすごく
広がったような感覚になります。
耳が聞こえなくなったら、補聴器でいくらか聞こえがよくなります。
補聴器が使えない場合、昔はあきらめるしかなかったのですが、今は
人工内耳という選択肢があります。
補聴器と人工内耳がつけられない人(ろう者)は、音のかわりに手話と
文字で代用しますが、その情報はごく一部に限られてしまいます。
「手話と文字の読み書きができればいい」という人がいますが、自分の
耳で聞こえない・自分の口で話せないろう者は、他人の手話通訳に依存
しなくてはなりません。
手話通訳はいつでもそばにいるわけではないし、自分の言いたいことが
正確に伝わると限りません。そして世間は「手話通訳は介護者」という
イメージがあるので、自分を「一人前の人間」とみてくれません。
そういうわけで「自分の耳で聞く・自分の口で話す」ことに大きな価値が
あると思わざるをえないのです。
ろう学校やインテ(地域学校)で親が結束して要望を出せば、教育的配慮の
余地がありますが、実社会に出ると学校と大違いで、何の配慮がないと覚悟
しておかなくてはなりません。
就職が決まって「聞こえないのでよろしく」とあいさつしても、しばらくは
仕事を教えるために筆談でする企業がほとんどで、手話通訳やノートティク
の配慮を期待できません。
補聴器で相手の言葉がわかって、自分の声で返事できる軽度の難聴者なら
問題がありませんが、ろう学校を卒業して日本語(口話・書記)の能力が
おくれているろう者の場合は説明に時間がかかるので、単純作業に回される
ことがあります。
どんな仕事でも休まないで、いつもまじめに明るくしていれば、自然と
親切にしてくれる人が現れて、手話をおぼえてくれることもあります。
最初の仕事は単調でつまらないものであっても、じっと辛抱して長く
続けていけば信用されて、職場のだれかがやめたときに、いい仕事を
まかせてもらえるチャンスがめぐってきます。
そして10年・20年と長く続ければ、先輩が次々といなくなるので、
後輩・アルバイト・パートを従えて、仕事の指示をまかされて、
職場の「主役」になることも夢ではありません。
実社会に出たら、学校時代の甘えを捨てて、努力・忍耐・継続・信用
が大切なことを子供に教えます。
また、つらいときにうさ晴らしができる仲間をもたせます。
ろう学校の運動会を見に行ったときに、まず思ったことは昔と比べて
生徒数が4分の1ぐらいに減っていたけれども、生徒・子供の明るさは
昔から少しも変わっていないことでした。
ろう学校の子供たちが明るい理由は
1)自分と同じ障害の仲間がおおぜいいる
2)同じ言葉(口話・手話)のコミュニケーションができる
3)自己主張がしやすく、自分のアイデンティティが見出せる
4)少しの能力があるだけで、かんたんに「主役」になれる
ことが大きいと思います。
これに対してインテの子供は
1)障害が自分だけで、孤立感を持ちやすい
2)集団におけるコミュニケーションがむずかしい
3)自己主張の機会がなく、自分のアイデンティティが見出しにくい
4)いつも受身で「主役」はおろか「脇役」にもなれない
ことで、かなりの努力と忍耐が強いられます。
このまま「主役になれない」人生では、面白くありません。
それで、インテで「主役」になるためには
1)集団の場(難聴学級・手話サークル)を設ける
2)共有のコミュニケーションを保障する(手話通訳・ノートティク)
3)学校のネットワーク(電子会議)で自己主張して、アイデンティティを見出す
4)学科やスポーツ・文化の活動でトップレベルの成績・実力を出す
ことなどが考えられます。
もしインテで「主役」になれなかったら、今度は成人の難聴者グループ・難聴者
協会で活躍することで「主役」になれる道が開かれています。
結さん、いらっしゃい。
いま8ヶ月の難聴児ということですから、まずはベビーサイン(身振り語)で
楽しくコミュニケーションすることから始めてみましょう。
聞こえの障害があっても、知能のいい子供なら必ずマネして意味を理解して
反応してくれるはずです。
くわしいことは、下のリンクで「ベビーサイン」の本をご覧下さい。
なお、ここでプライベートなことを書けないときは、私あてメール下さい。
メールによる、家庭教育の支援を行なっております。
初めまして。8ヶ月の難聴の子供を育てる母親です。
診断されてから、色んな壁にぶつかり、迷い、その繰り返しなのですが、
家庭では、どんな事に気を付けてあげたら良いのでしょうか。
どんな些細なアドバイスでも構いません。よろしくお願いしますm(_ _)m
ある日、ろう者友人宅へ遊びに行って、おそくなって、夕食をごちそうに
なることになりました。
そうすると自宅へ帰る時間がおそくなるので、娘が心配すると思って、
連絡を入れなくてはなりません。
娘は携帯をもっていないし、FAXしても部屋が離れているので、着信が
わかりません。それで娘の部屋にある電話へかけます。
私が補聴器をつけながら電話して終わると、そばで見ていたろう者友人が
「電話できるなんて、いいな」とうらやましそうにいいました。
「聞こえなくてもいい」とか「聞こえないことは幸せ」という、ろう者は
ごく少数で、ほとんどのろう者は「聞こえないことは不便だが、しかたが
ない」と思いながら、潜在的には「聞こえの願望」をもっています。
補聴器で聴覚活用ができる人がいると「補聴器が使えていいな」といい、
人工内耳できれいな声で話す成功例があると「こんなにすごいものか」と
びっくりするのが、ほとんどのろう者の正直な本音です。
人工内耳で成功するためには、いろいろと難しい条件(適合性と術後のケア)
があると思いますが、ともあれ補聴器が使えない重度の難聴児・ろう児に
とって、可能性と選択肢がひろがることはたしかです。
補聴器が使えなくて、人工内耳の可能性を受け入れなければ、あとは「言葉が
聞こえない世界」で生きるしかありません。
名古屋コーチンさん、いらっしゃい。
講演会の情報をありがとうございます。
ついでに、素敵な講演会チラシをそっくり使わせていただきます。
愛知聾史倶楽部の益々のご発展をお祈りします。
講演会チラシは、下のリンクでご覧下さい。
孫悟空様
はじめまして。いつも楽しく読ませて頂いております。
>松村精一郎は富山県福光の出身で、12歳のときに失聴しましたが、発奮して勉学に努め、
>自分と同じ不遇にあるろうあ者や盲人に教育を施してやろうと開設したものでした。
来る6月9日(日)愛知聾史倶楽部第二弾講演会があります。
宜しかったら、ご視聴をどうぞ。
手話サークルのなかには、声を出さないで手話だけでする「サイレントデー」を
設けているところがあります。
ろう者の手話をみるときに、通訳の音声にたよっていると、音声に集中してしまう
ので、なかなか読み取りの力がつきません。
手話をおぼえるためには「手話をよく見て、意味をつかんで、マネる」ことが基本
です。
聞こえる人の場合は、離れた相手を呼ぶときに「○○さん!」と声を出せば
すみますが、相手が聞こえなかったら、その相手のところまで行かなくて
はなりません。
手話サークルの「サイレントデー」を、ろう学校の運動会・学園祭でやって
みると、声のアナウンスが使えないので、想像できないようなパニックが
起きるかもしれません。
「聞こえないことがこんなに不便なことか」と思い知らされるでしょう。
先の「ろう学校の先生の手記」に同じく、私の母校・石川県立ろう学校の創立についても
書かれていましたので、一部引用します。
----------------------------------------------------------------------------
このほど県立盲学校、ろう学校がそれぞれ創立80周年の式典を挙行した。明治41年
(1908)、上森(かんもり)捨次郎が私財を投じて私立盲唖(あ)学校を創設したのに
始まる。
実はそれより28年も前、明治13年(1880)、松村精一郎によって金沢盲唖院が開設
されたが「民心なほ姑息(こそく)にして、仮令(たとい)盲唖の子女を有するも此等の
学校に就学せしむるを欲(ほっ)せず」わずかあ4、5人しか集まらず経営困難、引継い
だ金沢教育社も解散、結局3年で閉じざるを得なかった。
----------------------------------------------------------------------------
日本で最初のろう教育施設は、明治11年に古河太四郎が京都盲唖院を開設したのが始まり
で、13年の金沢盲唖院は2番目ということになりますから驚きです。
なぜ地方の都市である金沢で早く開設されたのか不思議ですが、当時は加賀百万石・城下町
の名残で、相当に大きな都市であったと想像します。
松村精一郎は富山県福光の出身で、12歳のときに失聴しましたが、発奮して勉学に努め、
自分と同じ不遇にあるろうあ者や盲人に教育を施してやろうと開設したものでした。
言葉をおぼえるのは、聴力より知能の働きであると思います。
ふつうに聞こえていても、知能のおくれがあれば言葉もおくれてしまいます。
逆に聴力がゼロで全く聞こえなくても、知能がよければ手話はもちろん書記日本語も
獲得できる例があります。
ですから、言葉をおぼえる場合、聴力の程度よりも知能の程度に注意したほうがいい
のではないかと思います。
私がろう学校にいたころで、知能のいい子供に共通していることは
1)絵画能力が高い、観察がよく写実的でうまい
2)運動能力が高い、動作のマネがよくできる、速く動き走れる
3)創造能力が高い、器用で工作がよくできる
4)音楽能力が高い、耳に聞こえなくても、振動のリズムがよくとれる
という傾向がみられます。
知能がおくれている子供は、それらの能力が一目でわかるくらいに大きく
おくれています。
言葉(手話・口話)をおぼえるには、まずマネすることから始めて、次に言葉の
意味を理解することで、場面に合った言葉が使えるようになります。
知能のいい子供は、1歳前後からマネして、言葉を早くおぼえますが、3・4歳
になっても、マネらしいマネをしないようであれば、知能のおくれが心配で、
言葉もおくれてしまいます。
書き言葉というのは、作文・日記・手紙などに書く日本語の文章であって、
書きかたのルール(決まりごと・文法)があります。
一方、話し言葉というのは、口でしゃべって相手に伝える言葉で、地域に
よって話し方(方言)が変わります。
ろう学校で口話が上手な生徒の話しかたを聞いていると「〜は〜をします」
といった調子で、先生から教わった通りに話していることが多いですが、
それをそのまま地域の学校(インテ)に行かせると、すごい違和感で奇異に
思われたり、バカにされたり、口マネしてからかわれたり、いじめられる
こともあるかもしれません。
聴覚活用(補聴器・人工内耳)ができて、家族・兄弟どうしで話し言葉が
使える子供なら問題ありませんが、相手の話し言葉がほとんど聞き取れない、
自分も話し言葉が使えない場合は、地域社会に溶け込むことがむずかしく
なります。
聴者と筆談するときは、きちんと書記日本語で書いてくれるはずですが、
相手によっては方言そのもので書いてくる場合もあります。
方言は、学校で教えてくれたことがないし、本でもなかなか見かけません
から、はて?どういう意味かなと困ってしまいます。
50代以上の年配で、中高卒どまりの人によくみられます。
インテや地域社会のなかで、話し言葉のコミュニケーションができないと
不自由になりますから、もっぱらマンガのセリフをたくさん読んで、話し
言葉をおぼえていくしかありません。