BBS教育相談室「寺子屋」
教育の原点にかえる意味で、1年あまり「寺子屋」の名称を使っていましたが、
1)ネットの検索で同じ「寺子屋」のサイトが多い
2)テレビの「手話寺子屋」と混同をさける
3)「ろう児」より「難聴児」の親が多い
4)教育の議論から、相談・実践への移行
の理由により、名称を「難聴学園」に変更することにしました。
地域限定のフリースクールに代わって、そのものズバリのわかりやすい
「難聴学園」のネットで、全国展開をしていきたいと思っております。
特に個別教育相談で貴重なリポートを寄せていただいているご家庭に深く
感謝しております。
私は6人兄弟の末っ子で、兄が4人、姉が1人いました。
両親も入れて団欒しているときは、私だけ残されてしまいます。
あとで、すぐ上の兄と母親から話を聞いてもらいますが、ほんの一部で
「聞こえないからしかたがない」と割り切っても、すごく寂しい思いを
したものです。
ですから、子供が小学校へ上がって日本語と学力に心配がなくなっても
家庭の会話では「日本語対応手話」を続けたほうがいいと思います。
子供が小学校へ上がれば、母親は時間と心に余裕が持てると思いますから、
この機会に市役所の福祉関係や公民館に問い合わせて、手話講習会を受けて
みることをおすすめします。
講師はろう者よりも、聴者(通訳者・学生)のほうが「日本語対応手話」で
教えてくれます。
家庭で同じ言葉(日本語・手話)を共有することは、子供のアイデンティティ
(存在意義)をたしかなものにします。
日本語の文法と、手話(ろう者の伝統的な日本手話)の文法がどれくらい
ちがうのか、初めて手話講習会に行って、サークルにも熱心に通って、
早い人で5年もかかって、やっと理解します。
慣れないうちは、手話の動きが早くて、読み取れず、やっと手話の動きに
慣れてきても、語順がバラバラで、意味を理解するまでにすごく苦労します。
逆にいえば、手話を母国語にしてしまった子供は、成人してからも日本語の
「てにをは」を正しく使うことができなくなります。
最近は、FAXや携帯メールで、日本語の文章を上手に書くろう者が増えて
いますが、ほとんどが他人の文章をマネて書いたもので、自分で考えて書いた
ものは少ししかありません。
そして、相手を変えたり、長いブランク(空白期間)があったりすると、文章を
忘れてしまって、元の木阿弥になります。
手話を母国語にすると、いつも手話でものごとを考える習慣がついてしまいます
から、いざ日本語の文章を書くときになって、手話から日本語に翻訳するまでに
ウーンと考える時間がかかります。
聴者の手話通訳者でも、日本語から手話へ、手話から日本語に翻訳するまでには
相当の熟練がないとできません。
ですから、ろう学校において、手話で日本語の読み書きを教えることは、英語で
日本語を教えるようなもので、効果がないものです。
「蛙の子は蛙」で、聞こえる親から生まれた子供が難聴であっても、聞こえる子供
と同じくらいになってほしいと願うのは、当然なことです。
よく「ろう者は手話が母国語」といわれますが、日本人の子供はすべて親と同じ
ように日本語を話す潜在的能力・可能性をもっていることを信じるべきです。
「手話が母国語」という成人ろう者は、たまたま幼児期において日本語を獲得
できなかったに過ぎません。
私は、3歳のときに難聴になり、ろう学校で口話教育を受けたので「日本語が
母国語」ですが、では手話は何であるか、外国語というのは変ですから、
「手話は第2の母国語」としています。
聴覚障害児の言語研究の進歩により、「母親法」や「金沢方式」のように、
重度の難聴児でも日本語を正しく話し、読み書きできる教育法が確立されて
いる現在において「手話が母国語」というのは時代おくれであり、「日本語
が母国語」が正しく、「手話は第2の母国語」は本人が成長したときにその
選択権にゆだねるべきと思います。
授業に手話を導入した広島ろう学校の先生が「子供にとって日本語は外国語の
ようなもの」といっていましたが、日本語を教えることのむずかしさをよく
あらわしています。
あるサイトで「手話から日本語の読み書きへの教育法は開発途上にある」の
文を見つけました。手話を母国語にすれば、日本語の獲得がいかにむずかしい
のか、よくわかるでしょう。
ろう学校の幼稚部に手話を導入した場合で、子供の人数に関係なく、聴者家庭の
子供ばかりであれば、手話の広がりはそんなに心配しなくてもいいですが、デフ
ファミリー(親がろう者家庭)の子供がいると、まさしく「手話の天才」で他の
子供たちを圧倒して「ボス」となって、手話が急速に広がることが予想されます。
親のろう者ママから手話を教えてもらえると思って喜んでいると、いつのまにか
子供に追い越されて、手話がメチャ早くて、追いつけなくなります。
子供たちの手話コミュニケーションが活発になることは、ものごとを考えて判断
して仲間といっしょに行動する社会性が身につくうえでいいことだと思いますが、
手話だけで母国語になってしまわないように、
1)先生と親は、口話といっしょに日本語対応手話で話す
2)絵と文字をふんだんに取り入れた楽しい授業を工夫する
3)文章表現力をつけるため、絵日記を毎日の宿題にする
4)子供が5歳を過ぎたら、インテ進学に備えて、手話をやめて口話だけで話す
5)小学校入学までに、日本語を完成させて、母国語にする
などの、積極的な対応が望まれます。
幼児期において、手話を母国語にした場合、日本語への移行はきわめて困難で、
最近のろう教育で成功した例がないことは前にも書いた通りです。
その原因は
1)手話の文法が日本語の文法と大きく異なって、相性が悪い
2)手話に「てにをは」がないため、日本語で脱落したり、間違えたりする
3)手話で日本語の意味を説明できても、日本語の読み書き獲得につながらない
4)手話で考えることと、日本語で考えることは別のもの
にあります。
子供が成長すれば、日本語の単語を多くおぼえることはできますが、意図的な
努力でもしないかぎり、日本語の文法と「てにをは」を間違える問題はなかなか
解決されません。
デフファミリー(親子ともろう者の家庭)で、手話と日本語のバイリンガルに
成功した例を何件か見ていますが、
1)障害の受容が早い
2)親(父母のどちらか)が手話と日本語のバイリンガル達人
3)0歳からゼスチャー・表情・手話で、スタートが早い
4)手話と日本語は別の言語であることがはっきりしている
5)手話は自然に早く覚えるが、日本語は意図的にきびしく教える
などの成功要因が考えられます。
これに対して、ふつうの聴者家庭は
1)初めてのショックで、障害の受容がなかなか進まない
2)手話について全くの素人で、学ぶ機会が限られる
3)具体的にどうしていいのかわからないので、スタートがおくれる
4)なぜ、手話と日本語が別の言語なのか、なかなか理解できない
5)手話のコミに無我夢中で、日本語教育のタイミングを失う
などの不利な条件が重なって、小学校入学までの日本語獲得が間に
合わなくなってしまいます。
それで
1)障害の受容が進まないのはしかたがない
2)手話は初級の、カタコト手話でもかまわない
3)とりあえず、口話・ゼスチャー・カタコト手話でスタートする
4)なぜ手話と日本語が別の言語なのか、むずかしく考えなくてもいい
5)あまり手話にこだわらないで、日本語優先で教育する
ことにすれば、気が楽になって、小学校入学までに日本語獲得が進む
でしょう。
実際、小学校入学までに日本語獲得に成功した家庭は、すべて「日本語が
母国語」の教育法によるものです。
手話に慣れない家庭が「手話が母国語」というのは、無理があります。
「脳と心の仕組み」(永田和哉監修・かんき出版)の本に<言葉を話すときの脳の働き>で、
以下のような文章を見つけたので、引用します。
------------------------------------------------------------------------------
言葉を聞き分ける「感覚性言語野」と言葉を話す機能をもつ「運動性言語野」は、6歳
までの間に左脳だけに作られます。つまり言語野が作られる6歳までに覚えた言語が母国語
になるのです。小さな子供を外国に連れていくとすぐに現地の言葉を覚えてしまうとよく
聞きますが、6歳までは急速に言語野が発達する時期なので、いくらでも新しい国の言語が
覚えられるのです。聞くことはもちろん、話すことも現地の人とまったく同じレベルの発音、
イントネーションでできるようになります。
6歳までに英語と日本語の両方を習得したバイリンガルは、脳の中で2つの言語が対等に
組み上げられていくため、双方の言葉を忘れないように使っていれば大人になっても両方の
言葉を母国語としてストレスなく話すことができます。6歳を過ぎても、子供のうちは脳が
発達していますから大人よりも覚えが早いことは確かです。ただ、言語野は6歳で完成の域
に達していますから、それ以後に学ぶ言語は脳の中ではもう「母国語」でなく「外国語」の
扱いをしながら覚えるしかなくなってしまうのです。
-------------------------------------------------------------------------------
これは、先に書いた
>幼児期の「言語機能」が固まらないうちに、手話文法から日本語文法へ移行させなくては
>なりません。
とよく一致します。
6歳までに「手話と日本語のバイリンガル」は、デフファミリーだけにできることであって、
9割以上を占める聴者家庭は心理的なパニック・障害の受容・手話の学習・家庭の事情などの
負担が大きいので「手話も日本語も」というのは無理なことです。
子供と手話でコミすることに夢中になって、日本語獲得のタイミングを外してしまった失敗例
がぞろぞろ出てきていますから、気をつけたいものです。
「文法」というのは、ことばの使い方のきまりをいいます。
手話講習会で教えていると、よく「なぜ日本語の文法に合った手話をしないのか」と
聞かれます。
「手話は目で見て意味がわかる言葉なので、日本語と別のもの」と答えていますが、
初めのころはなかなか実感的に理解できない人が多いようです。
かんたんな日本語の文法(単語・2語文・3語文)ならば、手話で意味が通じますが、
4語文以上の複雑な日本語になると、手話であらわすことができなくなります。
複雑な日本語になった場合は、手話で「いい直し」することがしばしばあります。
逆に、複雑な手話を日本語に通訳・翻訳することは、ベテラン通訳者でもむずかしく
なります。テレビで有名な米内山明宏氏も「いつも手話で考えていることを日本語の
本にまとめることはむずかしい」といっています。
米内山明宏氏が出している本は、すべて通訳者の翻訳で書かれたものです。
以前に書いたことですが、言葉でものごとを考える「言語機能」は、左脳のごく一部
にあって、幼児期に受けた言葉(手話・日本語)の比重によって決まります。
つまり、手話文法の比重が大きくなれば、日本語文法の獲得がむずかしくなります。
ですから、幼児期の「言語機能」が固まらないうちに、手話文法から日本語文法へ移行
させなくてはなりません。
手話は目で見る、巨大な「イメージ脳(右脳)」の言葉なので、成人してからでも
かんたんにおぼえることができます。
先日から、うちのDM丁合工場にアメリカ人技師2人が最新設備のサポートの
ために女性通訳者とともにやってきました。
うちのひとりは、映画・テレビで見るように、顔の表情・ゼスチャーがとても
豊かで何を話しているのか、何となくわかってみえました。
休憩タイムで、女性通訳者が耳の不自由な私をおぼえていて、「雪が降って
きましたね」「寒いですね」とゼスチャーを交えて話しかけてくれました。
ふつうの聴者ではやらないような、ゼスチャーをしていたので、私はうれしく
なって「降る・寒いのゼスチャーがよくわかる、こちら(アメリカ人)は顔の
表情とゼスチャーで性格が明るくてわかる、日本人は顔の表情がなくてあまり
動かないからわかりにくい」と話したら、通訳者はうなずいて横のアメリカ人
技師に説明してくれました。
日本人がアメリカへ行って、英語に自信がないときは、思い切ってゼスチャーを
交えてやると、意思が通じるようです。
同じように、聞こえない子供に対しても、少しオーバーアクションで、顔の表情を
変えたり、ゼスチャーたっぷりにすれば、コミュニケーションが成立します。
ろう協関係の主催で、手話講師がろう者と手話通訳者のセットになっている
手話講習会では「手話と日本語はちがう」とよく聞かれます。
ろう学校で手話を導入しても日本語への移行で伸び悩む原因がよくわかる
ように、また図解を作成しました。下のリンクで図解をご覧下さい。
ろう学校の幼稚部に手話を導入して、子供のコミュニケーションが活発に
なったのはいいが、小学部に進学しても日本語(読み書き)の獲得が伸び
悩む原因と、幼児期に日本語優先の家庭教育(3段教育法)を実践すれば、
日本語の獲得ができることを、図解で説明すればご理解していただけると
思います。
最近はよく「バイリンガル(手話と日本語)教育」の言葉が聞かれますが、
同じバイリンガルでも、手話優先か日本語優先かで結果が大きく変わって
しまいます。
下のリンクで「図解・手話と日本語の獲得」をご覧下さい。
デフファミリー(親子ともろう者)は、赤ん坊のときから、手話のコミュニケーションが
上手にできます。
当たり前のことかもしれませんが、聴者の大人が手話をおぼえるとき、講師から日本語で
意味・語源を教えてくれます。
聞こえない赤ん坊は、なぜ日本語を知らなくても、手話の意味を理解できるのでしょう。
その秘密は、親(ろう者)の豊かな顔の表情・ゼスチャーにあります。赤ん坊は聞こえない
かわりに相手をよく見て、ふんいきを感じる能力が高いので、手話の意味を「何となく」
理解して、マネしておぼえてしまいます。
一方、聴者の親は手話講習会やサークルに行って手話をおぼえても、顔の表情とゼスチャー
が弱くぎこちないので、手話の意味がなかなか小さい子供に伝わりません。
ろう学校の先生で、生徒たちにいちばん人気があるのは、明るくて目と口が大きくて顔の
表情とゼスチャーが豊かな先生です。
NHK教育テレビの番組によく出てくる、手話通訳者たちを見ているとよくわかります。
子供とうまくコミュニケーションできないと思っている母親は、いちど鏡に向かって
顔をクシャクシャ動かして「うれしい顔」「悲しい顔」「びっくりした顔」「困った顔」
などいろいろやってみるといいでしょう。
顔の表情とゼスチャーが豊かになれば、慣れない手話も自然に意味が伝わります。
小さい子供は、1歳前後から自分の足で立って、ひとり歩きができるようになります。
ハイハイしていた赤ん坊のときより、行動範囲が広くなって、さまざまな体験をして
いるうちに、考えることが多くなり、複雑になっていきます。
そうすると「アーアー」「ウーウー」の声とか、かんたんなゼスチャーだけで自分の
意思を相手に伝えるには物足りなくなってきます。
自分の思っていることがわかってもらえず、伝えるべきもの(言葉)がないと、気分
がイライラして、癇癪を起こして、暴れてしまいます。
盲ろうで有名なヘレン・ケラー女史は、家庭教師のサリバン先生が来るまでは、手の
つけられない癇癪持ちであったといわれています。
子供のイライラ・癇癪は異常なことではなく、むしろ自分が思っていることを相手に
伝えようとしている<知的な働き>で、頭がいい子供といえます。
言葉が話せなくて、おとなしくしていて、手がかからない子供は、かえって言葉の
獲得がおくれる心配があります。
デフファミリーの場合は、赤ん坊のときから、手話でコミュニケーションしているので、
イライラ・癇癪が起きる心配がなく、日本語の読み書きも教えることができます。
聴者の親もこれにならって、手話をおぼえてやってみれば、いちおう子供のイライラが
収まりますが、デフファミリーとちがって手話をおぼえるのにものすごいエネルギーを
費やすので、日本語の読み書きを教えることがおろそかになります。
ろう学校で手話が導入されて、子供どうしの手話コミュニケーションが活発になると、
先生や親の目にも止まらないほど、手話のスピードがあがっていきます。
そして、子供どうしで新しい手話をあみだしていくので、いつのまにか日本語の文法
から離れた手話で固まってしまいます。
手話から日本語の文法・読み書きを教えるタイミングは、ろう学校へ入る前の家庭で
なければなりません。
そうすると、手話は適当にできればいいのであって、カードや絵本を使って日本語を
教えるのがいちばん効率的なやりかたです。
「おすすめの本」にある「きこえの世界へ」は早期の聴覚口話法で知られる
<母親法>(トライアングルの前身)の実践記録で、この本に「成長した本人
たちからのメッセージ」に9人の難聴者が登場しています。
いずれも聴力が100デジベル前後の重度難聴ですが、よくみると9人全員が女性
とは驚きです。
なぜ、男性が登場していないのか、わかりませんが、女性のほうが小さいときから
母親に接する機会が男性より何倍も多いことがいい結果を生んだと思われます。
私がいた、昔のろう学校全盛時代でも女性のほうが聴覚口話法と日本語の読み書き
の成績がいい傾向がみられ、手話も日本語対応になっていました。
いま、ろう学校の手話導入が進んで、子供たちのコミュニケーションが活発になった
ところが増えていますが、たびたび書いてきたように、手話から日本語の読み書き
への教育法は、どこのろう学校でも確立・成功しておりません。
手話から日本語の読み書きへの教育法は、ろう学校の小学部に進学してからでは
もう手遅れで、もっと早い段階の家庭教育で確立しておかなくてはなりません。
それが私が主張・実践している、手話・カード・絵本の「3段教育法」です。
この「3段教育法」で、小学校入学までに日本語の完成を目標にしております。